2266人が本棚に入れています
本棚に追加
「でも、びっくりしましたよ。親方が、富樫さんに工房を任せて留守にする決意をされたなんて。いままで、私と耀平さんが子供たちと小樽に会いに行くことはあっても、親方は山口には来てくれなかったのに」
あ、探りを入れてきたな……。潔はそう感じ取る。
しかし、誤魔化す気もない。さらに長々と語る気もない。
単刀直入に言おう。
「瑠璃空を見に来たんだよ。これまでは遠くに居ても、なんとなくわかっていたつもりだったんだけれど。やはり現物に会って、本物の感触を知るべきと思って来たんだ」
花南と耀平がそろって、また顔を見合わせた。
娘のようだった弟子が、どんなに素晴らしい賞を取ろうとも、現物を覧にくることはなかった。ただ電話で『おめでとう。写真を見たよ。花南の思いが通じたよ』と告げただけ。
師匠としての『なんとなくわかる。理解できる』だけのことで留めていた。
そんな師匠が現物を見にやってくる。余程の心情変化があったと悟られてしまう。
自分からは言いたくない。そこはそっとしてほしいと潔は思っている。
それを汲んでくれるのも、やはり花南だった。
「わかりました。展示してあるロビーに行きましょうか」
お茶を終え、ティールームからロビーへと向かう。
ひろびろとしたロビーの片隅に、お洒落なショップがある。
ホテルの案内は耀平が率先し、花南は夫のあとを妻らしくついていく。ここは夫の職場なので、花南がお嬢様ではなく妻として控えている姿が珍しく、潔はまた微笑ましく眺めていた。
「あのショップには土産ものを置いているんですけれど、ここでも、倉重ガラス工房の製品を販売しているんです。切子グラス、よく売れるんですよ」
「切子。花南が制作しているものですか」
最初のコメントを投稿しよう!