⑥愛弟子のガラス

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「でも、びっくりしましたよ。親方が、富樫さんに工房を任せて留守にする決意をされたなんて。いままで、私と耀平さんが子供たちと小樽に会いに行くことはあっても、親方は山口には来てくれなかったのに」  あ、探りを入れてきたな……。潔はそう感じ取る。  しかし、誤魔化す気もない。さらに長々と語る気もない。  単刀直入に言おう。 「瑠璃空を見に来たんだよ。これまでは遠くに居ても、なんとなくわかっていたつもりだったんだけれど。やはり現物に会って、本物の感触を知るべきと思って来たんだ」  花南と耀平がそろって、また顔を見合わせた。  娘のようだった弟子が、どんなに素晴らしい賞を取ろうとも、現物を()にくることはなかった。ただ電話で『おめでとう。写真を見たよ。花南の思いが通じたよ』と告げただけ。  師匠としての『なんとなくわかる。理解できる』だけのことで留めていた。  そんな師匠が現物を見にやってくる。余程の心情変化があったと悟られてしまう。  自分からは言いたくない。そこはそっとしてほしいと潔は思っている。  それを汲んでくれるのも、やはり花南だった。 「わかりました。展示してあるロビーに行きましょうか」  お茶を終え、ティールームからロビーへと向かう。  ひろびろとしたロビーの片隅に、お洒落なショップがある。  ホテルの案内は耀平が率先し、花南は夫のあとを妻らしくついていく。ここは夫の職場なので、花南がお嬢様ではなく妻として控えている姿が珍しく、潔はまた微笑ましく眺めていた。 「あのショップには土産ものを置いているんですけれど、ここでも、倉重ガラス工房の製品を販売しているんです。切子グラス、よく売れるんですよ」 「切子。花南が制作しているものですか」
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