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花南は実家を捨てるように小樽に来ている。いつからかそう感じるようになった。まだ若い身空で実家の事情で苦労をしている。なんとなくそう察していた。でも彼女は実家の家族を案じていたし、敬愛していた。特に、姉の忘れ形見である甥っ子のことを。そして、そんな幼子をひとり育てることになった義兄のことを。
なにがあったかその時は知らなかった。知らなくていい。でも義兄が無理矢理にでも実家に連れて帰るというなら『ここだ』。そう思った。逃したら花南はもう山口には帰らない。家族とは疎遠になる。潔はそんな危機感を抱いていたのだ。
義兄と示し合わせ騙し討ちのようにして、小樽の工房を辞めさせてしまった。
あの時。義妹を迎えに来た耀平は鬼気迫っていた。花南を連れて帰らねば、先には進めないという大いなる決意を秘めているのがわかった。
それが正しかったのか、間違っていたのか。
潔も後に思い悩むようになった。
だが、いまこの男性も幸せになったのだなと、潔は目を細める。
花南と結婚をして歳月が経てば経つほど、穏やかな表情になっていった。
もとの朗らかなお兄さんに戻った。いつか花南が嬉しそう呟いていたことも思い出す。
いま目の前で従業員にも慕われている社長の姿。それが彼が行き着いた姿なのだろう。
その耀平と花南と一緒に、レジ前にあるガラスケースを眺める。
そこに美しい彩りの切子グラスが並べられていた。
特色がある。『金春色』と『若緑色』のグラデーションだった。青から薄緑へ。このリゾートホテルから望める海そのものだった。
「このグラス、手に取ってもよいですか」
「どうぞ」
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