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⑦妻をそばに
出てきたひと言は。
「おどろおどろしいね」
人の作品にそんな感想。でも花南は神妙な面差しで静かに佇んでいた。耀平もだった。
「ど真ん中の特に濃い色の部分。闇を感じるね。吸い込まれそうだ。そして、見抜かれそうだ……。おまえはどんなふうに生きてきたんだと」
美しさは時に畏怖へと変化し、さらには世を統べる権化のような威圧感を発し、恐ろしさを覚えさせることもある。それだった。
なのに。その濃く暗い夜空の真ん中に、ほんのひと筋流れている明るい碧色。そこだけが透き通って見える。最後の最後に残った清さのように思える。
訴えてくる。それが作品だ。製品とは違う。これはまさにそれだ。
「闇は、その人それぞれですよね。夜空は闇、そこになにを映すか。そんな思いもありました。あとは覧る人次第だと思っています」
花南の言葉に、潔も笑む。
「うん。そのとおりだね。万人の思いが映し出されるよう、無になって造り出したことだろう。そんなことが通じてくるよ」
「ありがとうございます。……小樽で、遠藤親方が、『使う人に作り手の気もちが残ったものを手渡してはいけない』と言われてきたことが、ずっと胸の中にありました。覧る人にもおなじだろうと思って……」
「そうだね。でも芸術なら『表現』がなくてはならない。花南が切り取った世界をたくさんの人がガラスを通して見てくれるだろう」
師匠としての言葉に、また花南が感激したようすでうつむいた。
だが潔は『ひとりの男』としても呟く。
「私は、随分と長く無でありすぎたかもしれないねえ。もっと怒ってもよかったのかな。闇夜に『おどろおどろしい』なんてかんじるのは……」
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