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潔の感想に花南が言葉を失っている。自分の作品から『家族を亡くした怒り』を呼び起こしたこと、潔が普段押し込めていることを感じさせてしまったからなのだろう。
でも、それだけの作品ということだ。
「花南、言っていたね。星の数ほど嘘をついた。そう思ったことから生まれた作品だと。そのとおりだと思うよ。私も自分に嘘をついていたのかもね」
「親方……。でも、親方にはこれからも、心穏やかに過ごしていただきたいです」
「もちろんだよ。今日はもう、ここに来ただけで、花南に会えただけで、すごく幸せを感じているよ」
やっと花南が少し安心したように微笑んだ。
だが夫の耀平は、神妙な顔つきで潔を案じた目――。
そうだった。彼もある日突然、妻を亡くした男だった。
彼女の作品からまた浮き彫りにされる。置き去りにされた男の哀しみが。怒りが。後悔が。
✼••┈┈┈┈┈┈••✼
弟子の作品から影響を受ける。
それは師匠としてどう受け止めるべきなのか。
潔の場合は、感動と師匠冥利に尽きる充足感。
そして、羨望――。
自分の中にあるなにかを形にできたこと。職人としての技巧を発揮できたことも、工芸家として芸術を生み出せたことだ。
これはもう、師匠も弟子も関係ない。初めてそう思えた。
一人の職人として、なにをしたいか。それだけだ。
どの工芸職人にも与えられたチャンス。チャレンジするのもしないのも、その職人が選んだ道だ。
ただし、よく熟考したうえでの選択ならば胸を張ってよいだろう。どのような結果でも。潔はそれを避けてきたのだ。
なによりも、妻をそばに感じながらガラスを造っていたかったからだ。
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