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彼女との約束だったから。立派な職人になる。人が手にして愛してくれる品を造る。『潔君が、そんな職人になれるように応援するね』。頬のあたりで短く切りそろえた黒髪、幼い顔つきだった彼女が蘇る。毎朝、職人は体力勝負だからと、栄養面を考慮したお弁当を持たせてくれて――。別れた朝をいまも思い出す。
花南の瑠璃空を覧て湧き上がった心の熱を冷まそうと、潔は白浜のビーチへと散歩に出る。
花南が案内がてら付いてこようとしたが、男の気持ちを察してくれたのか、耀平が彼女を引き留め、潔を一人にしてくれた。
本州、西の果て。雪解けをしたばかりの北国から来た者からすると、そこはもう初夏に近かった。
暖かでやわらかな潮風が、金春の海からそよいでいる。
遠浅の海、渚は美しく透き通って白砂が見えるほど。そして遠く金春色が広がっていく。優しい浜辺だった。
「綺麗だね。北海道では感じられないものだったね。君と来たかった」
潔はひとり浜辺を歩いた。その風を楽しんで、妻をそばに感じて、一緒に旅をしている。
「明奈、こんな気もちになるなんて思わなかったよ。樹さんの写真と、花南の瑠璃空のせいだ……」
でも、いまはまだ。どうすればよいのかわからない。
案内された部屋も浜辺を歩いて眺めた景色のままで、いつまでも眺めていられた。
眺めているうちに、『ここは花南の世界だ』と悟った。
潔の世界はやはり『小樽』にあるのだ。ここの色は自分の色ではない。
日がすっかり傾き、凪いでいる海が緋色に変わっていく。
コール音が聞こえ、電話の受話器を取ると食事の用意ができたとの知らせだった。
個室を準備してくれていると聞いていたので、耀平から先に案内されていたレストランへと向かう。
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