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すべての料理を食べ終えようとしていたころ。レストランスタッフしか出入りしていなかった個室に、黒スーツの男が静かに入ってくる。耀平だった。
潔はすぐに笑顔で『素晴らしいお料理と楽しい時間だった』と告げて、『おもてなしにも感激した』と御礼を告げた。
社長である耀平もほっとした顔を見せてくれる。
だが、物腰柔らかい彼がふと哀しげな眼差しに変わった。
「よろしければ、一杯、お付き合いくださいませんか」
「お酒を、ということですか」
「はい。ほんの少しです」
潔は、酒はあまり飲まない。今回も、この料理をいただく際も、アルコール類はお断りしていた。
彼の意図がわからず戸惑っていると、耀平から告げてくる。
「亡き妻について。お話をしませんか」
潔はどきりとする。
やはり彼には、瑠璃空を見た時に見抜かれていたのか。
互いに妻を亡くした者同士。酒を間に、語ってみるのはどうかと持ちかけられているのだ。
この男性は……。
亡き妻の面影を引きずって生きてきた潔が、心の奥で晴れないものを抱きかかえて山口にやってきた。耀平には見抜かれていたようだった。
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