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⑧花の動力
静かな男と過ごす時間、彼とふたりきりになったレストラン個室には、さざ波の音がよく聞こえてくる。
花南が造ったマグノリアのキャンドルライトを挟んで、彼と向き合った。
「いまスタッフが持って参ります。冷酒、ウィスキー、ブランデーとありますが、いかがいたしましょう」
「ウィスキーやワインは小樽では身近なものですから。冷酒でお願いいたします」
「かしこまりました」
目の前の耀平が個室に備えてある内線でオーダーをしてくれる。
スタッフが耀平に頼まれたものを揃えて入ってきた。
トレイに冷酒器と切子グラスがふたつ。冷酒器は耀平の目の前に置かれ、彼と潔の目の前にはそれぞれの切子グラスが置かれた。
潔の目の前に置かれたのは、今日買ったばかりの金春ガラスの切子。花南が造ったものだった。
「ショップでお預かりしたものを、勝手に使わせていただきました。申し訳ありません」
「いえいえ! すぐにこうして使えて嬉しいですよ。また素敵なおもてなしを、ありがとうございます」
そして潔は、耀平の目の前に置かれた切子グラスに釘付けになる。
クラシカルな風格を醸し出す紺を色被せした切子だった。
一目で『花南の作風ではない』とわかる。
そんな潔の視線に気がついた耀平が、そのグラスを手にした。
「初代社長のものです。つまり、花南の祖父のものです」
「お祖父様のものでしたか。クラシカルで年季が入っている風格をかんじたものですから」
「切子製品は義祖父のコレクションのひとつで、孫の花南はこの切子グラスを眺めるのが大好きだったと聞いています」
そう聞いて、潔ははっと気がつく――。
「もしかして……。彼女がガラス職人になろうとしたのは……」
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