⑧花の動力

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 そのグラスを手に取った耀平は、慈しむような眼差しで、切子の模様を灯りへと透かして眺めている。 「そうです。これが花南がガラスに惹かれた原点です。倉重の父も、自分の父親が工芸品を慈しんでいた影響を受けて、美術品や工芸品の愛好家です。義祖父も義父も職人が造り出すものを敬っていました」 「手元で眺めてもよろしいですか」 「是非。切子職人の親方にも見ていただきいと、今日は倉重の家から引っ張り出してきましたので」  耀平の手からクラシカルな切子グラスを受け取る。  倉重祖父所有だったというコレクションは、息子、花南の父親雅晴氏が受け継いだという。そこからまた、婿養子の彼が義父から『社長就任のお祝いで引き継いだ』とのこと。  この日彼が持ってきた切子は、この時代まで切子の魅力を長く伝えてきた伝統的な作風だった。昭和の時代の贅沢品。潔もこのような正統派の切子に憧れてガラスを目指した。そうか、花南の原点はここにあったのか。山口へと会いに来て、初めて知ったことだった。  お祖父様のコレクション『切子ガラス』を、きらきらの瞳で見つめていただろう幼女の姿が浮かんでくる。  その女の子が切子職人がいる小樽までやってきた。  ご縁がここからはじまっていたのかと潔はまた口元を緩めた。 「花南だけではありません。私の亡妻、姉の美月も、祖父と父親の影響を受けていました。彼女も職人が造り出す工芸品を、生活の中で使用することを好んでいました。アクセサリーもブランドものよりも、手仕事で丁寧に造られた工芸品を好みました。美術品を鑑賞したり、職人が工芸品を生み出す過程を眺めるのが好きでしたね。彼女もまた、違うアプローチで工芸を愛している女性でした」  唐突にはじまった亡き妻の話――。
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