⑨ガラスに問う

4/4
前へ
/342ページ
次へ
 耀平が若いときからガラスを通して、花南を通して、ここまで繋がってきた。そんな彼のもてなしは最高だった。潔をよく知り尽くして、関係を大事にしてくれていたから。 「いままで小樽を出ることを恐れていましたが、間違っていました。こんな素敵な場所があり、こんなに心が癒やされるだなんて……」  そして潔は、耀平に笑顔で告げる。 「また妻と来ます」  目の前にいる彼が目を瞠る。  妻を亡くしたことがある男同士。その想いは伝わると思う。  潔の目の前で、今日も気品ある黒スーツの彼がお辞儀をする。 「是非。次回も奥様と共にいらしてください。お待ちしております」  耀平と別れを済ませたそこで、ロビーの向こうから妙に騒々しい男女の声が聞こえてきた。 「大丈夫? ちゃんとチェックしたのかよ。毎回そうだろ」 「大丈夫だよお、ちゃんと見たもん」 「そう言って。いつもなにかしら忘れて、父さんに連絡して、父さんが持ってくるはめになってるだろ」 「そんな、たいしたもんじゃないもん」 「ほんとに? このまえ、来週使わなくちゃいけない帯締め忘れて大騒ぎして、父さんが慌てて帰ってきたことあっただろ。父さんも忙しいんだから」 「しばらく着物きないもん」 「だから、着物のことじゃなくて――」  紺のスーツを着ている青年と花南が言い合いをしながら、こちらへと向かってくる。  彼らの姿を知って、潔の目の前にいる耀平がとたんにくすっと優しく表情を崩した。  そして潔も。ほっこりお嬢様があれなんだなと笑いが込み上げてくる。  さらに花南は、『ほっこりお母さん』でもあるのだなと思えた。  一緒にいる青年が、父親と潔が向き合っていることに気がついて背筋を伸ばした。さらに満面の笑みを見せてくれる。  立派な青年へと成長した『航』だった。
/342ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2270人が本棚に入れています
本棚に追加