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耀平が若いときからガラスを通して、花南を通して、ここまで繋がってきた。そんな彼のもてなしは最高だった。潔をよく知り尽くして、関係を大事にしてくれていたから。
「いままで小樽を出ることを恐れていましたが、間違っていました。こんな素敵な場所があり、こんなに心が癒やされるだなんて……」
そして潔は、耀平に笑顔で告げる。
「また妻と来ます」
目の前にいる彼が目を瞠る。
妻を亡くしたことがある男同士。その想いは伝わると思う。
潔の目の前で、今日も気品ある黒スーツの彼がお辞儀をする。
「是非。次回も奥様と共にいらしてください。お待ちしております」
耀平と別れを済ませたそこで、ロビーの向こうから妙に騒々しい男女の声が聞こえてきた。
「大丈夫? ちゃんとチェックしたのかよ。毎回そうだろ」
「大丈夫だよお、ちゃんと見たもん」
「そう言って。いつもなにかしら忘れて、父さんに連絡して、父さんが持ってくるはめになってるだろ」
「そんな、たいしたもんじゃないもん」
「ほんとに? このまえ、来週使わなくちゃいけない帯締め忘れて大騒ぎして、父さんが慌てて帰ってきたことあっただろ。父さんも忙しいんだから」
「しばらく着物きないもん」
「だから、着物のことじゃなくて――」
紺のスーツを着ている青年と花南が言い合いをしながら、こちらへと向かってくる。
彼らの姿を知って、潔の目の前にいる耀平がとたんにくすっと優しく表情を崩した。
そして潔も。ほっこりお嬢様があれなんだなと笑いが込み上げてくる。
さらに花南は、『ほっこりお母さん』でもあるのだなと思えた。
一緒にいる青年が、父親と潔が向き合っていることに気がついて背筋を伸ばした。さらに満面の笑みを見せてくれる。
立派な青年へと成長した『航』だった。
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