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⑩あの時の男の子
「遠藤親方! お久しぶりです! 初めて来てくださるんだと両親から聞いて、僕も急いで仕事を片付けて、山口市からすっ飛んできたんです」
潔はさらに目を細めた。立派な青年になった『航』との再会だった。
「航君、立派になられましたね。一昨年は、倉重ガラス工房の社長にご就任されたとかで、おめでとうございます」
「そんな、親方。改まりすぎですよ。小さいころから知っているのに……」
彼に初めて会ったのは、この子が五歳ぐらいの時だったか。
遠い北国に行ってしまった若叔母の花南に会いたいと、父親の耀平と共に北海道旅行に来た時だ。小樽の大澤ガラス工房を訪ねてきて、花南の仕事を見学にきていた。
花南に休暇を与え、ひさしぶりの家族三人で過ごしなさい――と、潔自ら、倉重父子と共に北国旅行をするように送り出したことがある。
最終日。大澤ガラス工房で別れる幼い甥っ子と若叔母。小さかった彼が花南に抱きついて『なんで一緒に帰ってくれないのか。一緒に帰ろう』と泣いて泣いて大変だった。
その時、潔は思ったのだ。この小さな子は旅行に来たのではなくて、恋しい叔母を迎えるための旅に来ていたのだと。
耀平が辛そうに宥めて、泣くままの航を抱き上げて去って行ったことを思い出す。
花南がガラスの吹き竿片手に、工場の片隅で涙を拭っていたことも……。気がつかなかったことに、見なかったことにした。
だから『いつか無理矢理にでも帰そう』と決していた。
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