釣書

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釣書

 すき焼きを皆で食べ、機嫌良く、あと100年は生きるであろうというほど元気そうなくそじじい──いや、祖父が帰っていくと、俺は部屋に戻った。  忘れたふりをして置いて行った釣書は、親切にも春弥が忘れ物だと持ってきてくれた。ありがた迷惑だ。 「うわあ、かっこいいよ、柊弥」  目をキラキラさせて春弥が俺の部屋で釣書を見比べている。 「興味ないからなあ」  俺は教科書を開こうとしたが、強引に春弥に、釣書を見せられた。 「見るくらいいいじゃない。  ほら。さすがはおじいちゃんの選んだ人たちだよね」  見るまで絶対に諦めないのはわかっているので、仕方なく見た。  確かに、どの写真に写る顔も、整っている。  祖父は警備会社を経営しており、父も役員に名を連ねている。そのほかにも、ここらのドンみたいなもので、警察やほかの警備会社、大手の会社にも顔が利くし、未だにこの地方の殿様扱いだ。  そんな祖父が薦めるのはどれも、顔良し、学歴良し、収入良しだ。性格もいいのだろう。きっと、女子が群がる優良物件なのに違いない。 「おお、確かに。いい大学の学生とか、エリート社会人だったりだな」  割り切って「フリ」をしてくれる人なら、家庭教師代わりにいいかもしれない。 「ねえ、柊弥。どうしてそんなに嫌なの。やっぱり男同士は、嫌?僕もお父さんも遙さんも智宏も、本当は嫌なの」  春弥が恐る恐る訊いてくるので、俺は冷やかし半分に眺めていた写真を放り出した。 「いや。それは個人の自由だし、別にいいと思う。  ただ、個人の自由なんだから、俺にも自由にさせてもらいたいだけだ。右腕を今から決める必要もないと思うし、色々と教えてもらうなら、昔と違って今は学校も本もネットもあるから、その必要性を感じないだけだし、無意味なしきたりだとしか思えないからな。これが仮に相手が女だったとしても同じく嫌だと思っただろうな」  うん。全く必要だとは思えないぞ、このしきたりは。  それに、まあ、春弥や親父が同性のパートナーを持とうが別にかまわないが、俺は同性にときめいたことがないし、この先もそういう気がしない。  男女平等の世の中だから、念弟も今からは念妹でも可みたいなのを提案したことがあったが、同性だからこそのものでそれは論外だし、蒔島家は女人禁制だと言われれば黙るしかなかった。  何せ、子孫をつなぐために結婚した妻や、生まれた子が娘だった場合、彼女らは別邸に住むことになっているのだから徹底している。小学生時代や中学生時代に女性が担任だった時、家庭訪問はこの別邸で行われたものだ。 「だったらまあいいや。へへ。良かった。  あ、智宏に電話してこようっと」  春弥は笑って俺の部屋をスキップするような足取りで出て行った。  恋人なあ。何か面倒くさい気がする。春弥を見ていれば、何とか記念日だとか、デートに着ていく服に恐ろしいほど悩んだり、場所を決めるのにもテスト勉強以上に真剣になっていたり、相手が誰かと話しているだけでうじうじとなったり、反対の時は疑いを晴らすために躍起になったり、面倒くさい事ばかりだ。大体、休みの度に一緒に出かけたり、学校で会ったにもかかわらずわざわざ用もないのに電話したりするのは、必要なのか。用がある時だけでいいじゃないか。  以前そう言えば、春弥にも前川にも勇実にも、 「わかってないなあ」 と、かわいそうな子を見る目を向けられた。  本当に好きな相手ができればわかるのだろうか。  まあ現状では、用がない時に電話したり出かけたりするのは面倒だから、万が一「フリ」をしてくれる相手を決めるなら、そういう相手がいい。  俺はそう考えながら釣書をまとめ、明日の準備をしようと机に向かった。  
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