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アルチーナは笑いながらサーフボードでひらりと舞い上がり、あっという間にマンハッタンの彼方へ消えた。デボラは、アルチーナと過ごした日々を思い出しながら、彼女が飛び去った方角をぼんやりと眺め、思った。
アルチーナはいったいどうやって何百万という魔界人をこの世界に移住させるのだろうか。「今日からお世話になります」と手を振りながら大挙して魔界人が押し寄せれば、とんでもない騒ぎになる。アルチーナはきっと私が想像もできない方法で、密かに魔界人を人間の隣人とするのだろう。あの子ならきっとやってのける。デボラにはそんな気がした。
フェリーが船着き場に近づく。川辺で男がテノールサックスを吹いていた。懐かしいメロディだ。亡くなった両親がよく口ずさんでした。
「Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
No Hell below us
Above us only sky……」歌詞が自然とデボラの頭に浮かぶ。
「何だい、その歌は」
「ジョン・レノンの歌よ。そういえば、アロンも大好きだったな、この歌」
「続きを聞かせてよ」
「あら、クミンも気に入った? いいわよ、じゃあ、歌ってあげる」
デボラが、サックスに合わせて歌う。クミンには、デボラの柔らかな歌声の向こう側に笑顔で暮らす人たちの顔が見えたような気がした。デボラが歌い終わり、少し照れ笑いをして言った。
「ねえ、クミン。この歌みたいにみんなが幸せで暮らせるとよいね」
クミンはそっとデボラの手を握る。「そうなるよ。アロンが残した絵のような世界に。彼は、アルチーナと僕たちに夢を託したんだ。アルチーナはきっとその思いに応える。いまここにアルチーナがいたら、きっとこう言うだろうな。『いつまでImagine(想像)しているんだ、愚か者め! Just do it(行動あるのみ)だろうが!』ってね」
デボラは思わず噴き出した。あの真っ赤な瞳をきらきらさせて、アルチーナが声を張り上げる姿が脳裏に浮かぶ。「間違いない。私たちも負けていられないね」
「だね。まずは仕事を探すよ。僕たちの未来のために」
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