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第一章
─────コンコン。
長い廊下に幾つも並んだ同じ扉の一つをノックする。
「どうぞ」
低い返事が微かに聴こえ、私は扉を開いた。中から白い煙が漏れ出して、煙草の匂いが鼻を突く。ソファに寝転んで煙草を燻らす白衣の男を素通りして、窓を全開にした。
初夏の風が煙を巻き込んで薄めていく。
「涼香くんか、珈琲を淹れてくれないか」
男はのそのそと起き上がり、短くなった煙草を灰皿に擦り付ける。私はわざとらしく大きな溜息を吐いて、ケトルに水を汲んだ。
「毎回、言いますが、私は、塔矢助教授の、小間使いでは、ないんです」
塔矢は私の言葉など耳に入ってこないかのように大きな欠伸をして、次の煙草に火を点ける。
「で、どうだったんだ」
少し濃いめに淹れた珈琲を一口啜ると塔矢が口を開いた。
「またやったんだろう、【ひとりかくれんぼ】」
「今回も、駄目、でした」
私の言葉に紫煙を吐き出しながら、溜息を吐く。千咲が消えてから、何度このやり取りをしただろうか。
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