一話

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一話

ようこそおいでませ、此処(ここ)驚異の部屋(ヴンダーカンマ―)。貴方は記念すべき××××人目のお客様です。 なんと、ご存じないとは心外! ご覧なさいな、此処の名前の由来となった展示品の数々を。珊瑚や石英を加工した装身具、実在・架空取り交ぜた動植物の標本やミイラに巨大な巻貝、オウムガイを削った杯にダチョウの卵、貴重な錬金術の文献に異国の武具、機械仕掛けの形見函(かたみばこ)、はてはキリストの襁褓(むつき)と噂される聖遺物に至るまで、此処に展示されているのは人類の叡智の結晶。 おっとさわらないで、落としちゃ大変! かくも無知とは恐ろしい。貴方が今手を伸ばしたのは曜変天目(ようへんてんもく)といい、中国産の大変希少な陶磁器です。 どうですこの瑠璃の光沢帯びた深遠な紺色、宇宙の神秘を塗りこめたきらめき。 内側の黒い釉薬(ゆやく)を見てください、銀の輝きが散りばめられているのがわかりますか? 中国福建省の一部の職人しか作れない国宝ときて、俗物どもが催すオークションに出回れば、咽び泣くマンドラゴラすら黙る額で競り落とされます。 驚かせちゃいました?ごめんなさい。 だけどうっかりですねえ、その娘は人間じゃありません。球体関節の自動人形(オートマタ)ですよ。 伏せた睫毛の長さと物憂げな硝子の瞳、ミステリアスな微笑みに魅入られた殿方は数知れず。全く罪作りなコッペリアですよ、精巧に出来すぎているのも考え物です。 話が長い? 先に聞いたのは貴方ですよ、僕は説明してあげてるだけです。 驚異の部屋の成り立ちは十五世紀欧州に遡り、当時の裕福な王侯貴族が居城にもうけた、博物陳列室がはじまりだと伝えられています。 科学や文明の発展と共に廃れていき、十九世紀末の現在はすっかり過去の遺物と成り果てました。 哀しいですね。 何笑ってるんだ?やだなあ、久しぶりにお客様を迎えられて嬉しいからに決まってるじゃないですか! 何日何年ぶりだっけ、前回のお客様は女王陛下が即位なされる前だから……細かいことはまあいいか。立ち話は疲れますしソファーに掛ちゃいかがです? なんだか顔色が悪いですね。 息も酒臭い。 安いジンの匂いだ。 これはいけない、酔っ払ってます?こまっしゃくれたガキめって……やれやれ口が悪いお人だ。 アルコール中毒が見せる幻覚? ははっ面白いことをおっしゃいますね、もしそうなら貴方が今腰掛けてるソファーはビール樽かもしれません、転がってっちゃわないようにお気を付けて! 冗談ですって、本気にしないでください。来られて早々帰るなんてもったいないこと言わないで、夜はこれからが本番じゃないですか。 躁状態なのは認めます。言ったでしょ、お客さんは久しぶりだって。ずっと話し相手が欲しかったんです。 驚異の部屋にいるくせに退屈するのかって? そりゃそうですよ、どれだけここにいると思ってるんですか。 人はどんな環境にも慣れてしまういきもの、生きとし生けるものの造物主たる神は我々に適応力と順応性を与えたもうた。 ……なんてね。ぶっちゃけ長く居すぎて見飽きちゃいました。諺にもあるじゃないですか、美人は三日で飽きるって。 どんな珍しいものや美しいものでも、毎日当たり前に目にしていれば自然と驚きは薄れていきます。 この部屋に飾られているのは古今東西、世界中から集めた珍品名品。太古の文明から産した水晶の髑髏に煎じて飲めば万能薬と名高いユニコーンの角、なんでもございます。 まだお疑いに? ならばとっておきをご覧に入れましょ。 目を瞑って……ワン・ツー・スリー! あはっ、大成功!大丈夫ですか、お顔の色が真っ青ですよ?おっと乱暴しないで、割れたら大変。 これは胎児の標本なんかじゃありません、ホムンクルスです。 ルネサンスの大錬金術師パラケルスス曰く、蒸留器に人間の精液を入れて四十日間密閉・腐敗させると、透明な液体が人の形を成す。 それに毎日人間の血を与え、馬の胎内と同等の温度で四十週間保温・保存し続けると、人間の子供によく似た人造人間が完成するそうです。 フラスコ内でしか延命できないのが難点ですが、ホムンクルスはとても賢く、生まれながらにしてあらゆる知識を身に付けると信じられてきました。 赤子の体内に霊を導き入れて創造する方法もあるそうですが、そっちはちょっと悪趣味ですね。 今さら? 確かに。 ホムンクルスはお気に召しませんでした? ならばこちらはどうでしょうか、コーンウォール地方で採取した妖精のホルマリン漬けです。 肩甲骨のあたりから一対、繊細な葉脈が透けた翅が生えていますでしょ?なんとまあ真夏の夜の夢のように儚く美しいじゃありませんか。 偽物だなんて滅相もない、本当に疑り深い方だ。 そもそも貴方のようなみじめな飲んだくれをだまくらかして一体何の得があるっていうんですか、追剥ぎだって人は選ぶでしょ?貴方ときたら靴下の先っぽどころかお財布の底も抜けていそうな有様じゃないですか。 申し遅れました、僕の事は学芸員(キュレーター)とお呼びください。 貴方が考えていることは手にとるようにわかります、なんでこんなガキが学芸員を名乗ってやがるんだって怪しんでますね? 疑問はごもっとも。 少年聖歌隊の去勢歌手(カストラート)だと言われた方がまだしも納得、ですか。お褒めに預かり光栄です。 皆さん口をそろえておっしゃいますよ、僕ほど高貴で麗しい美少年には人生で一度もお目にかかった試しがないと。 天使と間違われた事もありますね。お客様は稚児趣味がなさそうで安心しました。 男色家でもないぞ?それはどうでしょうか。ああいえ、こっちの話です。 まだお客様の名前を聞いていませんでしたね。名乗る義理はない?そうおっしゃらず、名とは物事の本質を語るもの。互いに胸襟を開き、打ち明け合うことで親愛の情が生まれる。 どうしても名乗りたくないというならかまいません、ナーサリーライムにちなんでへそまがりのジョージィ・ポージィとでもお呼びしますよ。
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