六話

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六話

エドガー氏は……いました。店の最奥、突き当たりの部屋。天蓋付きの豪奢な寝台に横たわり、けだるげに煙管を喫っています。室内には甘く濃密な阿片の匂いがむせ返るように立ち込め、眩暈を誘いました。 貴方は従業員の目をかいくぐり、エドガー氏の部屋へ向かいました。エドガー氏は貴方を見ても顔色を変えず、しどけなくベッドに横たわり、時折思い出したように煙管を口に運んでいます。 「迎えにきてくれたのかい。お世話様だな」 「死体のスケッチのあとは阿片窟で豪遊か。伯爵が知ったら泣くぞ、一体何を考えてる」 エドガー氏が緩慢な動作で上体を起こし、片膝を立てます。 ばらけた前髪の奥から覗く眼差しは濁り、焦点が定まりません。 「レンブラントの出世作、『テュルプ博士の解剖学講義』を知ってるかい」 「解剖実習の現場を描いた悪趣味な絵だろ」 「スランプ脱却を掲げ、偉大なる天才のひそみにならってみようとしたのさ。死体はいいぞ、疲れただの飽きただの文句を言わない。関節を反対側にねじっても苦情を言ってこない」 「回りくどい。要点を述べろ」 「物事の本質を知らなきゃいい絵は描けないって事さ。どうせ明日には土の下に埋められるんだ、その前にデッサン位かまわないだろ、医者には許可をもらってる」 「買収したくせに」 「死者への冒涜だって言いたいのか?」 エドガー氏は唐突に仰け反り、涙がでるまで笑い転げました。以前の彼とは別人に思えます。 「人間なんて皆同じ、貴族だろうと平民だろうとしょせん血と臓物の積もった皮袋にすぎない。僕は人間の骨格や内臓の配置、血管の地図を知るために解剖に立ち会った。夜な夜なモルグに通い詰め、医者にこっそり賄賂をやり、惨たらしい死体を描きまくった。僕は凡人だから、そうまでしなきゃ釣り合わないんだよ」 誰に、とは聞けなかった。 「顔が真っ青だぞ。引いてるのか」 「おかしいぞ、お前」 「ぼけっと突っ立ってないでもっとこっちに来い。ああ、ドアは閉めてくれよ。スタンホープ伯爵の長男が阿片窟に入り浸ってるなんて、とんでもない醜聞だからな」 後ろ手に扉を閉め、注意深く室内を突っ切りました。エドガー氏は阿片に酩酊し、饒舌に話し続けています。 貴方には彼を無事に連れ帰る義務があります、胡乱(うろん)な阿片窟に放置はできません。 「そうだ、もっと……僕の前に」 本音を言えば、即刻逃げ帰りたかった。エドガー氏の醜態は正視に堪えかねた。 貴方が憎んでいたのは清く正しく美しいエドガー・スタンホープで、目の前にいる阿片中毒の青年じゃない。 「実はスコットランドヤードにツテがあるんだ。君も知ってるだろ、最近世間を騒がしてる残虐非道な殺人鬼、切り裂きジャック。ヤツは娼婦の死体から子宮を持ち去るんだ」 描いたんだ。 見せてやろうか。 エドガー氏は狂ってしまった。貴方の方へ身を乗り出し、両肩を掴んで迫り、ぎらぎら輝く目で― 押し倒された。 服を剥がれた。 エドガー氏は貴方に跨り、四肢を組み敷きました。 逃げようと思えば逃げられた。 そうしなかったのは打算に絡めとられたから。 阿片で理性が蒸発したエドガー氏に逆らっても生傷が増えるだけ。反抗的な態度をとり、屋敷から叩き出されるのは願い下げだ。 軋むベッドの上で歯を食いしばり、ひたすら激痛と不快感に耐えてやり過ごすうち、快感が芽生え始めました。 「ぁッ、ぐ、エドガー、よせ」 「背筋。肩甲骨。くっきり浮かんでる。脊椎の突起までハッキリわかる」 エドガー氏が貴方を裏返し、しなやかな指先で骨や筋肉を辿っていきます。それはまるで貴方の全てを指に記憶させようとしているかのようで、凄まじい執念に圧倒されました。 「ここに心臓がある。握り潰せば一巻の終わりだ」 貴方が猜疑心のかたまりならエドガー氏は独占欲のかたまりでした。どこまでいっても平行線、すれ違い続けるふたり。 何が間違っていたのでしょうね。 本当に心当たりがない?そうですか……。 エドガー氏は底抜けに貪欲に、たゆまず実直に、被写体の全てを細部まで暴いて知り尽くそうとしました。 前立腺を突き上げればどう反応するか。 陰茎をしごき立てればどんな声を出すか。 裏筋をくすぐればどうなるか。 それを知るには一回じゃ足りません。エドガー氏は何度も何度も貴方の体を求め、貪り、もてあそびました。 貴方はエドガー氏の手と指と舌で何度も何度も追い上げられ、絶頂を味わいました。 情熱が技巧に先行する性戯。凌辱。 行為中、エドガー氏は繰り返し貴方の手の甲と平に接吻しました。乾いた絵具がこびり付いた爪を含み、吸い立て、「シアンの毒で死にたい」と呟きました。 「勝手に死ね」と貴方は吐き捨てました。 以来エドガー氏は阿片窟に迎えに来た貴方を部屋に引きずりこみ、毎度の如く強姦を繰り返します。 エドガー氏が病み衰えるほどに、彼の絵は崇高な魅力を放ちました。 人体の描写は解剖学の正確さを極め、肌はその下の筋肉や血管の脈動を透かす生々しい肉感を伴い、表情は苦悩と憂いを帯び、教師陣や級友たちの絶賛を集めました。 エドガー氏の名声の裏で、貴方が犠牲になってることには誰も気付きません。よしんば気付いた人間がいても助けは期待できなかったでしょうね。 片や名門伯爵家の長男、片や貧民窟上がりの孤児。 エドガー氏が主で貴方は従。 それを痛感したればこそ、貴方は日々与えられる屈辱を耐え忍んだ。 「ぁッ、ぐっ、エドガーやめっ、ぁあっそこっ」 「奥が感じるのか、淫乱な体だね。先端からとぷとぷ滴らせて……」 「頼むやめてくれ、もうむりだ、休ませッあ」 その日も貴方はエドガー氏に抱かれていました。 天蓋付きのベッドに押し倒され、純白のシーツをかきむしりながら、次の授業に用いる絵具を買い足さねばと朦朧とする頭で考えていました。 授業の課題は空でした。倫敦の曇天を描く予定でした。白と黒をまぜたら灰色になるのは、絵描きならずとも知っています。 白、黒、灰 白、黒、灰 回れ廻れ回れ廻れ 落ちろ堕ちろ落ちろ堕ちろ 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッああぁあ」 エドガー氏が貴方を後ろから抱き締め、深く深く貫きました。 体内に打ち込まれた楔が白濁を放ち、同時に貴方の陰茎も精を吐き、ぐったり突っ伏します。 ところが、この日はまだ終わりません。 エドガー氏が鞄から取り出したのは真新しい絵筆でした。 「さっき画材屋で買ってきた。何の毛かわかる?」 「豚?」 「はずれ、クロテンだよ。ロシアンセーブルともいうらしい。弾力があって揃いが良いのが特徴だ」 嫌な予感が募っていきます。 咄嗟にエドガー氏を突き飛ばし逃げようとするも遅く、腕を掴んで引き戻され、シルクのハンカチで両腕を縛り上げられました。 「やめろ、くるな、はなせ」 ベッドの支柱に括り付けられた貴方に、クロテンの絵筆を構えたエドガー氏が忍び寄ります。 やがてエドガー氏は腹に跨り、右に左に背いた顔を追い、瞼や唇のふくらみを筆先でなぞりはじめました。 「ッ、ふ」 絵筆が内腿に移り、手足の指の股をくすぐり、めくるめく官能をさざなみだてます。 圧をかければ扇状に広がり、力を抜けば再び窄まり閉じて、まるで生き物みたいでした。 恥辱と快感に打ち震える貴方を見下ろし、エドガー氏が陶然と微笑みました。 「面白い。生きたキャンバスだ」 声だけは漏らすまいと唇を噛む貴方をよそに、エドガー氏は巧みに急所を避け、じらすような緩やかさで内腿や腹筋を刷き、重点的に乳首を責め始めました。 かと思えば一旦離れ、煙管から立ち上る煙をたっぷり巻き取り、香炉に均された阿片の粉末を筆先に塗します。 エドガー氏が阿片の粉末と煙に筆を浸すのを目撃し、全身の血が逆流しました。 「じっとして。上手く塗れない」 「ンっ、んんっ、ぐ」 執拗にくすぐられ、引き締まった腹筋がわななきます。耐えきれず甘く湿った吐息がこぼれ、内腿が不規則に微痙攣し、腰が上擦り出します。 「クロテンの筆は気に入ったかな。君用に誂えたんだよ」 鈴口や裏筋を絵筆がくすぐり、急激に性感を高めていきます。貴方は混乱しました。 筆を通し皮膚の毛穴に刷り込まれた阿片は、血液に乗じて瞬く間に全身を駆け巡り、酩酊を引き起こしました。 「馬鹿、筆をどけろ」 「阿片は媚薬にもなるんだ」 エドガー氏は手を緩めず、貴方の股間に屹立した陰茎を思うさま筆でなぶり、一際敏感な粘膜に阿片を塗しました。 「~~~~ぁあっあ、ぁっ」 白昼夢を見ました。 棺桶に寝かされたお母上が笑っていました。幼い頃のエドガー氏が口から真っ赤な血を垂れ流し笑っていました。 貴方は切なげに身悶え、エドガー氏の署名が入った、枕元の画帳をはたき落としました。 まだ終わりじゃありません、最も触れられたくない場所が残っています。案の定、絵筆は肛門にあてがわられました。周囲の襞を一本一本くすぐり、暴き、窄まりを浅く突付いています。 「許してくれ……そこだけは……」 「さんざん使い込んだのに、何を今さら恐れるんだい」 遂に貴方は泣き出しました。シーツにぱたぱた涙が滴りました。エドガー氏の言うとおり貴方の肛門は赤く腫れ、擂鉢状に削げています。 「ぁあっ、あっああぁ!」 不意打ちでした。エドガー氏が貴方の腹に手を回し、筆先でへそをほじくったのです。 「またイッた。淫乱だね」 呆れ半分感心半分エドガー氏がからかいました。貴方の精液に濡れた筆は先端が尖り、毛束が纏まっています。 「筆だけは嫌だ……しゃぶれっていうならしゃぶる、犬のまねもする、他のにしてくれ」 絵描きが絵筆で犯される以上の屈辱はありません。泣いて頼む貴方の耳を甘噛みし、エドガー氏は諭しました。 「君の筆と僕の筆、どっちで犯されたいか選べ」 彼は悪魔でした。 もはや聡明で心優しい少年の面影は消え失せ、貴方を辱める事だけに執念を燃やしていました。 で、どっちを選んだんですか? 聞かなくても知ってるくせに……まあ知ってますけどね、やっぱりご本人の口から聞きたいじゃないですか。おっと、悪態を吐くのはやめてください。 貴方にとって幸いだったのは、エドガー氏が突っ込んだのが「柄」の方だった一点に尽きます。筆先は不衛生ですものねえ。 尻から絵筆を生やし、全裸でよがる痴態はさぞかし見ものだったでしょうね。 可哀想なエドガー氏。 可哀想な貴方。 エドガー氏と許嫁の結婚が決まったのは、その一週間後でした。 本当ならエドガー氏の卒業を待って式を挙げる予定でしたが、スタンホープ伯爵が前倒しで急かしたのです。 伯爵はね、息子を画家にする気なんて毛頭ありませんでした。美術学校にやったのはご機嫌とり、爵位を継ぐ前の猶予期間の認識でした。
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