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◆ 初めての始まり 七日目:朝 (芹菜視点) ◆
三月十二日、日曜日。幼馴染から恋人に昇格。そう言った春馬の言葉を思い出しながら、私は寝起きでキッチンに立つ。
そして、
「……あの体力おばけぇ……!」
痛む腰を抑えながら、朝の一杯にコーヒーを用意していた。
リビングで一回。春馬の部屋に戻って二回。その後お風呂場で一回して、また部屋に戻ってから……。
思い出しながら数を数えて、気づけば片手では収まらない回数を重ねていた。その事実に気付いてしまい、私は急に恥ずかしくなって数える事をやめた。
身体の至る所が痛いのに、その場所を確認しようと触ろうとすれば過剰に反応してしまう。
それでも昨晩のことを思い出しながら、私は指先で鎖骨のラインをなぞり、確認できないモノを探った。
「痕、絶対残っているよね」
何度も付けられて、同じくらい付けてと強請ってしまったキスマーク。
行為の最中だったとしても、あんなに甘えて強請るなんて自分でも思いもしなかった。
キスマークを付けてもらうことも、舐めてもらうことも、弄ってもらうことも、それから……それ以外のことも……。
「~~ッ‼」
思い出しただけで疼く身体を抑え込むように、前屈みになって内股を締めた時だった。
「やらしー」
「ひゃ、ぁッ!」
自分以外に身体を抱きしめられ、触れられた身体が過剰に反応してしまう。
思わず漏れた声を抑え込もうと口元を手で覆っても、すでに遅かった。私の後ろで春馬は喉を鳴らして笑い、抱きしめたままこちらの反応を楽しむ。
「何その恰好。朝から誘ってるわけ?」
「さ、誘ってない!」
「俺のシャツ着て、腰つき出して、顔赤くして。それでも誘ってないんだ」
「……ッ! さ、誘ってません」
春馬に指摘され、改めて自分の恰好に思うところはあるけど、これは決して春馬を誘っている姿じゃない。
目が覚めた時に春馬のシャツが落ちていて、丁度いいからこれを着ただけ。決して、彼の匂いが移っていたシャツに惹かれたわけじゃない。
否定するように首を振れば、春馬が追及することはなかった。
「ふーん。それじゃあ――」
そう。春馬からの“追及”はなかったのだけど、
「俺から誘うか」
彼からの“お誘い”はあって、私は慌てて春馬を止める。
「む、無理だから! もう無理だから‼ それに、お母さんたちも帰って――」
「母さんたちなら夜にならないと戻らないって、さっきメッセあったぞ」
「え?」
「昨日から近くの温泉街にいるから、観光してから帰るってさ」
お土産に温泉饅頭を買って帰ってきてくれるらしいけど、そこにどういう感情を持てばいいのか分からない。
知ってはいたけどマイペースなお母さんたちに呆れ、思わず気の抜けた溜息をついてしまう。
「それなら、私たちが温泉行きたかった……」
「なら今度、休み併せて行くか?」
「お母さんたちが行った温泉より、豪華な宿希望です」
「りょーかい。調べとく」
一度気が抜けてしまった身体のまま、コーヒーの準備を始めようとする私の手を春馬が止める。
「それで。話を戻すけど、俺の誘いにのってくれるのか?」
「のりません」
「旅行代は俺持ち。宿の手配も車の運転も全部する。どう?」
「…………」
魅力的な提案だけど、ここで首を縦に振るわけにはいかない。
身体はもう限界で、腰は悲鳴を上げている。喉だって声の出し過ぎで痛いし、何より明日は朝から仕事がある。ここで流されてしまえば、絶対に後々の生活に響いてしまう。
そう分かっていても間近で感じる春馬の体温と匂いに、一瞬心が揺らいだ時だった。
「……はぁ。強情」
その隙を見逃さなかった春馬は素早く内股に手を差し込み、濡れたそこを指でなぞった。
「――ンッ!」
「温泉で釣らなくても、コッチは最初からその気なのにな」
「う、うるさいっ!」
春馬に言われなくても分かっていたし、口に出されると余計に恥ずかしい。それなのに春馬は敢えて言葉にして、私を苛めてくる。
その顔が楽しそうな事実が余計に腹立たしくて、私は振り返りながら後ろから抱きつく春馬を睨みつけた。
「春馬のバカ。体力おばけ」
「芹菜が女の顔するのが悪い。諦めろ」
諦めろと言われて素直に諦めるなら、最初からこんな抵抗はしていない。
どうにか逃げ出そうとしても、少しでも反抗しようとすれば春馬が中を弄り始めて、力が抜けた身体を彼に預ける形になってしまう。
見上げれば後ろで春馬が笑い、耳元で囁く。
「ほら、諦めろって」
悔しくてしょうがないのに、蕩けていく身体は次第に足を開き、私はゆっくり息を吐いた後にこう言った。
「……まったく、しょうがないんだから」
負けず嫌いの私ができる、唯一の抵抗。
今回だけ――今回だけは、春馬の誘いにのってあげる。
振り返った先でそう言えば、春馬は呆れたように溜息をついて、私の体を抱えると部屋に戻って行く。
抱えられて、彼の匂いと温もりに包まれながら、ふと思う。
「春馬の、匂いがする」
「何それ。臭いって意味か?」
「そうじゃない。ただ……」
「ただ?」
思えば、今朝起きた時から彼の匂いに縋っている自分がいることに今になって気づく。
匂いフェチというわけでもない。どうしてそうなったのか私自身にも分からない。
ただ――。
「春馬が側にいる気がして、すごく落ち着く」
心が穏やかになる匂いに顔を埋めると、ふいに小さな声が降ってきた。
「……本人が側にいるのに、匂いの方がいいのかよ……」
それは素直じゃない春馬が見せた、可愛い嫉妬。
顔を上げて彼を見ると、そこには耳を赤くする春馬の顔が近くにあって、私は無性に嬉しくなって彼に抱きつく。
「匂いもいいけど、本人が居てくれれば何もいらないよ。もしかして、嫉妬したの?」
「……うるさい」
今以上に顔を真っ赤にする春馬を、今だけは私が苛める。
もちろん後でどんな仕返しが待っているかは分かっているけど、今は私を好きでいてくれる春馬に“好きの気持ち”を伝えたい。
意地悪な言い方の自覚はあるけど、それでも顔を真っ赤にして拗ねる春馬が可愛くて、私は部屋につくまでの間たくさんの気持ちを彼に伝えた。
<1week story 初めての始まり編 終わり>
あとがき ⇒
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