第一章 家出少年と配達人

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「電子辞書だ」 「何で電子辞書なんだよ!」  手にした箱を床に叩きつけたくなる衝動を、結人は必死に抑えた。箱を持った手が怒りにぶるぶる震える。 「スマホを買ってくれるって約束だっただろ。だから俺はこの三ヵ月、母さんの手伝いもできるだけやったし、期末テストだって頑張って平均点を上げたじゃないか!」 「わかってるさ」  頷きながら、父は結人の手から電子辞書の箱を取り上げる。 「だけど、これだってかなりの優れものだぞ。最新モデルで、面白い事典の類もたくさん入っているんだ。便利な機能も色々ついててな――」 「わかってない!」  結人は声を荒らげた。怒りを抑えきれなくなり、振るった右手がケーキの箱をテーブルから叩き落とした。あっと声を上げ、母が慌てて箱を拾い上げる。 「何をするんだ。せっかくお前のために買ってきたのに」 「何がお前のためだよ。俺が一度だって電子辞書をほしいなんて言ったことあるか?」 「そんなに怒ることはないだろう。お前によかれと思って選んだんだ」 「よかれと思ってだって? 父さんはいつだってそうやって、自分の意見を人に押しつけるだけじゃないか!」 「落ち着け、結人」  こういう時、父の瞳を通して見る自分は、いつも獣の姿をしていると結人は思う。  なぜこの獣はこんなに興奮しているのだろう。わからないままに、父はとにかくなだめようとする。それが余計に結人を苛立たせるということにも気づかずに。
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