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既に寝室に入っていると思ったのに、台所には母の姿があった。結人としてはものすごく気まずかったのだが、母は何も言わずに残しておいてくれたらしい夕食とロールケーキが載った皿を出してくれた。
皿の上のケーキは、綺麗な円形をとどめていた。
損壊を免れた部分をとっておいてくれたのは、母の気遣いだろう。けれど潰れたケーキを出されて「お前が潰したんだから責任を持って食べなさい」と言われたほうがマシだった。
半ばやけのように旺盛な食欲を見せる結人を、向かいに座ってお茶を飲みながら、母は黙って見つめていた。
「……ねえ、母さん」
ケーキの最後のひとかけらを口に放り込んだところで、意を決して結人は口を開いた。
「何?」と応じる母は、「ごめんなさい」か「ありがとう」という言葉が続くのを期待したかもしれない。
「俺は、母さんたちの子どもじゃないの?」
「何を言い出すのいきなり」
母は小さく笑ったが、その指先は湯のみの表面をうつろになぞっていた。
「約束を守ってもらえなかったから、そんなことを考えたの? 自分は橋の下から拾われたんじゃないかって?」
「そうじゃなくて……」
「そんなことより、父さんがあなたのプレゼントに買ってきた電子辞書だけど」
唇に笑みをとどめながら、母は話題を変えた。結人にとってはちっとも「そんなこと」ではなかったのだが。
「色々な図鑑とか、お料理のレシピまで入ってて、これはこれでなかなか役に立ちそうよ。結人がいらないなら、私が使わせてもらおうかしら」
「いいよ、使って」
ぶっきらぼうに答えると「ごちそうさま」と椅子から腰を上げ、結人は部屋に戻った。
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