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思わず目を点にしてしまうエステルとアルフレッドの前で、「ここだけの話でお願いいたします」と、女騎士は唇に人差し指を当て、茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる。今まで歩んできた道と同じだ。敵と見なしている相手の中にも、様々な思惑を抱えた者がいる。全てが全て、悪として断罪する訳にはいかないのだ。この騎士を見ていれば、主である王女の真意も、薄々想像がついてくる。
「ジャンヌ王女は、私の弟と、懇意にしてくださったのですね」
「はい」
エステルの感謝に、アレサは穏やかな笑みを浮かべて、しっかりとうなずいてくれた。
「お二人がカレドニアの行く末について対話を交わされる様は、将来共に王位に立ってくだされば、我が国が抱える問題は解消されてゆくだろう、と夢想を馳せるに値しました」
ですが、と女騎士は表情に陰りを落とす。
「バルトレット陛下の支配下では、夢想は夢想のままで終わってしまいます。だからこそ、エステル王女殿下がアルフォンス様と手を取り合って、陛下の目を覚ましてくださる事を、我が主はお望みです」
そして彼女は、「こちらを」と、腕の長さほどの紙製の筒を差し出す。
「現状のカレドニア軍の配置を示した地図と、主からのお手紙です。信用できなければ、どうぞ、私を斬り、これも焼き捨ててくださいませ」
「そんな事はしません」
即座に、エステルは首を横に振っていた。虚を衝かれたような顔をするアレサに、力強くうなずき返してみせる。
「貴女のお話に嘘は感じません。本音を言ってくれた貴女も、主であるジャンヌ王女のお人柄も信じます」
そして今度は、自分から腰を折り、頭を下げる。「エステル様」と叔父がたしなめる声色を発したが、ここは解放軍の旗頭ではなく、一人の人間として、礼を述べなくてはいけないと思った。
「ありがとうございます。必ず、ご期待に応えてみせますと、ジャンヌ王女にお伝えください」
ゆっくりと顔を上げる。カレドニア騎士は、大国の王女に低頭されて吃驚したのか、しばらくぽかんと口を開けていたが、ある瞬間にはっと現実に立ち返ると、こめかみの横に手を掲げるカレドニア式の敬礼をして、踵を返した。
彼女はラケが差し出した剣を受け取り、グリフォンに跨がって、愛騎を飛び立たせる。羽ばたきで舞い上がった風にエステルは思わず顔を腕で覆ってしまったが、勇気ある騎士の姿を最後まで見送ろうと、視線を馳せる。
沈みゆく夕陽の輝きで部隊名通り緋色に染まった翼が、どんどん遠ざかり、やがて見えなくなった。
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