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「……罠じゃないすかねえ」  エステルが、アレサから託されたジャンヌ王女の手紙を、作戦会議に参加した皆の前で読み終えると、最初に口を開いたのはリカルドだった。 「バルトレット王の横暴は国内外問わずかなり有名ですし。その娘がこんなしおらしい手紙書きますかね?」 「親の性格で子の性格を量れるものでもないだろう」 「そうは言ってもなあ。今までカレドニアがやってきた事がやってきた事だし」  ケヒトが冷静にたしなめても、リカルドは頭の後ろで両手を組んで、天井を仰ぎながらぼやく。彼に同意を示すがごとく、幾人かが首を縦に振った。その中には、身内や友人をカレドニア兵に殺された者も混じっているのだろう。  彼らを理性的に諭す事は難しい。感情はどこまでも膨れ上がり、憎しみを生む。何と言ったら良いものか窮して、エステルがうつむいた時。 「エステルは?」  池に一石を投じるかのようにかけられた言葉に、はっと顔を上げる。クレテスの蒼い瞳が、机の向かいから真摯にこちらを見つめていた。 「お前自身はどうなんだよ。ジャンヌ王女を、信じるのか、信じないのか、はっきり言ってくれ。おれ達はお前の決断に従うだけだ」  投げ込まれた石が、静かに安堵の波紋を広げてゆく。彼はいつも、エステルの心を見通している。欲しい言の葉を与えてくれる。進みたい方向へ導いてくれる。胸が熱くなり、鼓動が高まるのを感じながら、「私は」きっぱりと己の意見を述べた。 「ジャンヌ王女を、信じたいです。私達を罠に嵌めたいだけなら、腹心のアレサ殿を使ってまで、ここまで周到な用意をしなくても良いはず。この砦をカレドニア全軍で奇襲すれば、こちらはひとたまりも無いのですから」 「だな」テュアンがうなずき。 「大将がそこまで言うなら、俺は従うだけですよ」リカルドが苦笑を浮かべて。 「エステル様の御心のままに」アルフレッドが静かに低頭する。異論を唱える者はいなくなったようだ。  そう、解放軍は五千を超えたといえど、練達した敵や凶暴な魔物と戦えるのは、実質その三割ほど。残りは解放軍に期待をかけて加わった新兵や、兵站(へいたん)を担う後方支援部隊。それを崩されれば、軍は簡単に瓦解する。対してカレドニアの魔獣騎士は、手練れならば一騎で白兵戦十人分の働きをするという。百五十騎いれば解放軍と対等に戦える彼らを国内からかき集めれば、千は下らないだろう。  目の前の机に広げられた地図を見下ろす。恐らくジャンヌ王女手ずから書き込んだと思しき情報によれば、このカルミナ砦からほど近い荒野に、アルフォンスの『銀鳥隊』が展開される。走り書きで『五十』と添えてあるのは、戦力の数に相違無い。 「本当にバルトレットは、アルフォンスに死んで欲しいらしいな」  同じ箇所を見たのだろう。テュアンが苦々しげに顔を歪めて吐き捨てる。が、やはり地図と睨み合っていたクレテスが、「エステル、これ」と、とある一箇所を指差した。
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