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 カルミナからそう遠くない山間に築かれたブレーネ砦。そこに、『緑楯隊』と『ファティマ』の文字が並んでいる。彼の指は更に地図を辿り、その後ろに控える『青矛隊』からカルミナへ向けて矢印が引かれているのを示す。 「多分」  クレテスの唇が、そこから導かれる情報を弾き出した。 「ブレーネ砦にアルフォンスの義妹がいて、それを楯にアルフォンスを最前線に出す。『銀鳥隊』との戦闘でおれ達が疲弊するか、決着がつかない場合、『青矛隊』でアルフォンスもろともこっちを潰す手筈なんだろ。ジャンヌ王女が本当に『緋翼隊』を動かさずにいてくれるとしても、連戦はきつい」  これだけの情報から状況をすらすら読み取る能力に、エステルは思わず目を真ん丸くして幼馴染を見つめてしまう。自分だけではなく、アルフレッドも、テュアンも、リカルドも、クレテスの兄であるケヒトさえ、驚き入った表情で少年を注視した。 「だから皆さ、おれの事戦うしか能が無いと思うの、やめてくれない?」  クレテスは悪態をつきながらがりがり金髪をかきむしり、「で」と続ける。 「一つだけ、アルフォンスとの戦いを回避する方法があると思う」  それには、アルフレッドが大きくうなずいて、わかっている、という同意を表した。 「ファティマ嬢を救えば、アルフォンス様は戦いを止める。その可能性に賭けるしか無い」 「だけど、それに気づかれたら、きっとエルネストの『青矛隊』がブレーネ砦に進路を変える。だから」  クレテスは両の拳を握り込み、カルミナと『青矛隊』の上に、どん、と叩きつける。 「戦力を分けるんだ。『青矛隊』を奇襲する別働隊をこっそり進軍させて、本隊はここでアルフォンスを迎え討つ。勿論、盟主が本隊にいなかったら目論見はばれるから、エステルはカルミナに残れ」 「はい」  クレテスの言う事は理に適っている。だが、そうすると、ファティマを救出に向かうのは、誰の役目になるのか。そう問いかけるのも想定の内だったのだろう。少年が先を制して、ブレーネ砦を指差した。 「ファティマ救出は、少数で行く。おれが連れていく面子を後で選ぶから、声かけといてくれ」  その言葉には、期せずして「えっ」という声が出てしまった。 「あのな」途端、深海色の瞳が半眼に細められる。 「おれだって、無責任にぽこぽこ案だけ出してる訳じゃあないんだよ。言い出しっぺが一番しんどい役目を放り出したら、誰もついてこないだろ」 「それはそうですけど……」  エステルの中で、「それでも」という憂いの雲が膨れ上がる。ブリガンディのように、クレテスを突出させた結果、また彼を危険にさらしてしまうかもしれない。この作戦が失敗すれば、たとえ解放軍が勝利をつかんでも、多くの犠牲を払うかもしれない。 「エステル様」  憂慮を取り払う声を発したのは、アルフレッドだった。神妙な顔つきで、こちらを見下ろしてくる。 「現状、クレテスの案以上の上策はありません。別働隊の兵を信用する事も、上に立つ者の資質です」  そこまで言われてしまっては、自分は自分の意志を貫くしか無い。今まで、言葉を交わさずただ斬り捨てた者がいた。わかり合えたのではないかと、相手が死してから後悔した者がいた。  所詮優女王の娘も身内を尊ぶのだ、と蔑む者もいるだろう。だが、真実を知った今、実の弟を見捨てられない。ジャンヌ王女が伸ばしてくれた手を、しっかりと握り返したい。こちらが信じなくては、歩み寄る事も、希望の扉を開く事も、かなわない。 「わかりました。クレテス、貴方の策を頼りにします」  蒼の瞳を真正面から見つめ返して、ひとつうなずく。 「任せとけ」  少年が、自信たっぷりに、己の胸を拳で叩いた。
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