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 翌朝。 (……いえ、信じたはずなんですけど)  出立の準備を整えるクレテスを遠巻きに見守りながら、エステルは、駆逐したはずの不安に駆られていた。  ブレーネ砦へは、駿馬(しゅんめ)を飛ばしても恐らく往復一昼夜かかる。更には、潜入とファティマ救出の数時間が上乗せされる。その間に、カルミナの本隊が『銀鳥隊』と接触しても、どちらにも大きな被害を出さずに、何とか膠着状態に持ち込まねばならない。  だが、エステルの心配は、時間の問題ではなかった。クレテスが選抜した人数についてである。  クレテス自身は戦力として言わずもがな。他に戦える要員としてリタとユウェイン。魔道士がいた場合の対策に、セティエとティムのリーヴス姉弟。隠密を得意とするクリフ。そして、不思議な歌で敵を無力化する事を期待して、エシャラ・レイ。たった七人での強行軍だ。  馬の準備を整えている彼らの様子を、眉間に皺を寄せて見つめる。すると、視線に気づいたか、クレテスがつっとこちらを向き、駆け寄ってきた。 「もっと人数がいた方が良いのではないですか?」 「何だよ」  思ったままを口にすると、大きな手で眉間をつままれ、揉みほぐされる。 「『頼りにする』って一度認めた事を反故にする気か? そういうとこ、上に立つ人間として示しがつかないって、何度言えばわかるんだよ」  少年はいささか怒った態で言い、手を離すと、「あ、それとも」とにやりと唇を持ち上げてみせた。 「何。おれの事、心配してくれてる訳?」 「はいっ!?」  裏返った声が喉の奥から飛び出す。途端に首から上が熱くなり、耳まで赤くなっているのが、鏡を見ずともわかる。何故か心臓はばくばく脈打ち、まともに相手の顔を見られなくなって、エステルは「もう!」と自分でも謎の憤慨をしながら拳を振り上げた。 「こんな時に冗談言う人なんて、知りません! 早く行っちゃえ!」  ぽかぽか胸を叩いても、エステル以上に身体を鍛えているクレテスには、大した衝撃にもならないらしい。少年はからから笑いながら踵を返して己の馬のもとへ向かおうとし、ふと足を止めて、肩越しに振り返った。 「大丈夫だよ、エステル。絶対に、お前とアルフォンスを殺し合わせたりしない。必ずお前を守るから、信じててくれ」  お前が守ってくれるからな、と、左手首に通したお守りの腕輪をかざして笑む彼の顔が、朝日に照らされてやけに輝いて見える。目の端にじわりと水分がにじんだのは、眩しさのせいだと言い聞かせる。瞬きで誤魔化している間に、クレテスはひらりと馬の背に乗り、仲間達も出立準備を整えた事を確認する。 「行くぞ!」の一声をあげ、あっという間に七騎の馬が見えなくなってゆくのを、エステルは知らず知らずの内に両手を胸の前で祈りの形に組んで、長い間見送っていた。
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