(4-4)

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 半島を分かつアイシア山脈の向こうから、遠雷が聞こえる。戦闘が始まる頃には雷雨が戦場を覆うだろうか。紫色を帯びた空を窓越しに見上げながら、アルフォンスは深い溜息をついた。  現在『銀鳥隊』が滞在しているのは、解放軍が駐屯しているカルミナ砦よりほど近い、名も無き砦である。百年ほど前、カレドニア軍がガルド国境を攻める要所として短期間で築き上げたが、短期間だったゆえの脆さで、大人数を収容する事ができず、ほとんど放置状態にあった場所だ。  掃除もろくに行き届いていない砦内で、隊員達は己のグリフォンの世話と、間もなく下されるだろう出撃命令に対しての準備に追われている。アルフォンスがいるのは指揮官の滞在室だが、その床にも埃がうずたかまって、この砦がいかに軽んじられているか、そしてバルトレット王がいかにアルフォンスを軽んじているかを、如実に示していた。 「坊ちゃま、ご準備をお手伝いしましょうか?」  男にしては高い声が聞こえて、部屋の扉が開かれる。鎧兜姿ではなく、カレドニア軍の制服を、詰め襟の首元までしっかりと釦をかけて着込んでいる、優男風の青年が入ってきた。 「ジャスター」アルフォンスは苦々しげに眉をひそめて、首を横に振る。「僕はもう一軍の将だ。『坊ちゃま』はやめてくれって、何度も言っているだろう」 「あら」  養父の代からリードリンガー家に仕える彼は、女のようにしなを作ってくすくすと笑う。 「あたくしの主は先代様お一人。アルフォンス様とファティマ様は、大事な坊ちゃまお嬢様のままでしてよ」  それを言われては、返す言葉に困ってしまう。  ジャスター・カーティスは孤児だ。カレドニア王都ノーデでスリを繰り返していたところを、アルフォンスの養父ロベルトに取り押さえられた。のだが、養父は何を思ったか、彼を自分の部下に採用し、従者としての立ち居振る舞い、騎士としてのたしなみを叩き込み、公私共に連れ歩くようになった、と聞いている。それが二十年以上前の出来事のはずなのだが、彼は今でも二十代と言っても通る若々しい容姿をして、実年齢が全くわからない。
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