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 ジャスターは決して前線に出る事が無い。剣を振るよりも、算盤(そろばん)を弾いたり裁縫をしたりする方が得意だったので、養父が侍従として己の傍に置き続けたのだ。その遺志を尊重して、アルフォンスも彼を戦闘には駆り出さず、事務仕事や身の回りの世話を任せている。 「まあいい。では頼む」  自分と妹を赤子の頃から見ていた男に、床に置かれていた武具一式を指し示す。ジャスターは「はあい」とやや間延びした返事とは打って変わり、てきぱきとした所作で、防具一式をアルフォンスの身にまとわせてゆく。 「……坊ちゃま」  気合いを入れる為と、隊長の位置を知らせる為の赤いバンダナを、アルフォンスが額に締めた時、ジャスターがぽそりと呟いて、眉を垂れた。 「お嬢様をお独りにするような真似だけは、決して進んでなさらぬようにね」  そうして、一条の槍が差し出される。返し刃のついた穂先は金とも銀ともつかぬ金属でできており、柄との境界に、いつのものかわからない古びた緋色の布が巻かれている。元は白かったが数えきれぬ敵の血を浴びた事で色が落ちなくなったのだ、というのは、年代物の武器によくある、箔を付加する為の出任せだろう。  ジャスターの言葉に決してうなずけぬまま、槍を手に取る。アルフォンスの手に渡った途端、槍全体がほのかに青い光を帯びた。 『ロンギヌス』  四英雄が一人にしてグランディア初代国王ヨシュア・イルスが、神から授かり振るったという槍は、その直系である人間が手にして初めて、真価を発揮する。かつて実母ミスティが養父に自分を託す際、共に渡したという聖王槍は、主の複雑な心中を示すかのように、淡い点滅を繰り返す。 「ファティマを、頼んだ」  ジャスターに背を向け、それだけを言い残す。家臣が胸に手を当て深くお辞儀する気配に、後ろ髪を引かれる思いだったが、振り返ったら、きっと全てを覆す言葉を発してしまう。唇を噛み締めて押し殺し、アルフォンスは砦の前庭へ向かった。  庭には既に部下達が、己の騎乗するグリフォンと共に待機しており、隊長の登場を待ちわびていた。アルフォンスが姿を見せると、全員が一糸乱れぬ敬礼をする。隊長が自分の息子と同い年に過ぎない練達の兵もいるだろうに、彼らはよくこんな若造に付き合ってきてくれたものだ。 「我々はこれより、カルミナ砦に向かって進軍する。カレドニアを、ひいては恩義あるグランディア帝国を脅かす反逆者を討つ為だ」  我ながら白々しい台詞を吐くものだと内心辟易するが、アルフォンスを揶揄する声は一切あがらない。誰もが真剣な表情で、隊長の言葉に聞き入っている。 「だが、我々の敵はあくまで剣を向けてくる者だけだ。戦意の無い者や支援部隊、一般人を殺戮した者は、私の一存で罰する。良いな!」  空気を叩くような鋭い声に、騎士達が長靴(ちょうか)の音を立てて再度敬礼する。 「全軍出立せよ!」  隊長の合図を受け、それぞれが己のグリフォンに乗り込む。アルフォンス自身も、部下が連れてきた幻鳥ガルーダに騎乗した。  ロンギヌスを握るのと逆の手に手綱を巻き付け、一瞬、きつく目を瞑る。自分と同じ顔をした翠の瞳が、まなうらでまっすぐにこちらを射抜いてくる。だが、それはすぐに、儚げな菫色の瞳をした少女に変わる。  実の姉と、義妹。結局どちらも選べないまま、自分は墜ちるしか無いのか。迷いを振り払うように頭を振ると、アルフォンスは目を開き、ガルーダを飛び立たせる。  ロイヤルブルーの瞳から、憂慮は消し飛んでいた。
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