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 恐らくジャンヌ王女が、カレドニア軍の情報をエステルに伝えたのだろう。だが、その情報を信じて策を講じ、決断を下して、仲間を信用しているのは、間違い無く目の前の少女だ。細身からは信じられないほどの度量に、アルフォンスはただただ感服するしか無かった。 「お願いです。一晩だけ、戦いを止めて待ってください。明日の朝には、ブレーネへ向かった仲間が、ファティマさんを連れて戻ってきます。どうか彼らを信じてください」  両軍からどよめきが起きる。戦場のど真ん中で敵将の言葉を信じて武器を引けなど、正気を疑うような発言である。しかし、エステルの瞳は真剣で、一切の嘘も欺瞞も含まれていない事がわかる。これも、共にこの世に生まれ落ちた半身であるが故、魂の部分で感じ取っているのだろうか。  両肩から力が抜ける。最早アルフォンスの心から戦意は失われていた。ならば、すべき事は唯一つ。彼は顔を上げると、躊躇いがちに上空を旋回する部下達に届くように、声を張り上げた。 「戦闘停止! 砦に戻り、僕が良いと言うまで、攻撃を再開してはならない!」  魔獣騎士達の反応は早かった。こぞって敬礼するのが遠目に見えたかと思うと、すぐさま砦へ引き返してゆく。いつの間にか雨は止み、稜線の向こうに消えてゆく太陽が、雲間からうっすらと茜の名残を注いでいる。 「一晩だけ、だ。それ以上は、待てない」  ゆっくりと、再びエステルに視線を向け、静かに言い放つ。だが、彼女にはそれで充分だったようだ。安堵の吐息を洩らすのが聞こえる。 「では」  しかし、続けられた台詞に、アルフォンスはまたも仰天してしまった。曰く。 「私もそちらに行って、貴方と共に仲間を待ちましょう」  それには彼女の周囲の解放軍兵がざわめき出す。当たり前だ。一軍の将自らが敵地へ赴くなど、人質として全軍の命運を預けるに等しい。それだけこちらを信用しているのか。それともただの世間知らずの姫君の大胆な発案なのか。どう返事をすべきか戸惑っていると。 「では、私も同行いたします」  いつの間に近づいていたのか、それとも最初から二人の様子を間近で見守っていたのか。ラドロアで見た聖剣士アルフレッド・マリオスが、静かにエステルに寄り添った。 「ですが、叔父様」 「戦闘を中止したといえど、ここはまだ戦場(いくさば)です。御身をお守りする刃は必要でしょう」  戸惑うエステルに、聖剣士は静かに告げ、そして、鋭く目を細める。 「お二人の意志に反する輩は、鼠一匹たりとて逃がしはしません」  流石はグランディア王国時代から名を馳せた歴戦の戦士。自軍で良からぬ事を考える者はいないと思っているが、彼の存在が更なる抑止力になるだろうと、アルフォンスは判断し、 「では、よろしくお願いいたします」  と、深々と頭を下げるのであった。
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