第4章:緋翼(1)

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第4章:緋翼(1)

 解放軍がガルド王国首都ウルズに到着したとの報を受けた、カレドニア国王バルトレット・ベルガー・フォン・カレドニアは、『反乱軍が侵略行為を犯そうとしている』と烈火のごとき怒りをまき散らし、即刻報復に出る為、有力な部下に召集をかけた。 『青の矛先』エルネスト・ザーウェン、『緑の楯』グリッド・ヒギンス、『銀の鳥』アルフォンス・リードリンガー、そして娘の第一王女である『緋翼(ひよく)』ジャンヌ・サリア・フォン・カレドニア。彼らを王城の謁見の間に呼び出し、玉座に深く腰かけるバルトレット王は、五十路を迎えて尚黒々とした長髪と豊かな髭の顔を憎々しげに歪めて、 「ウルズが反乱軍によって制圧された」  と地を這うような低い声を放った。 「奴らはガルドを後ろ盾に、我が国にも攻め込んでくるだろう。貴様らは早急に軍を準備して、先制攻撃を仕掛けろ」  その言葉に、エルネスト、グリッド、ジャンヌは、胸に手を当て低頭する。しかし。 「お待ちください、陛下」  一人凛と顔を上げたまま王を見すえ、意見を発したのは、一番歳若いアルフォンスだった。 「解放軍はカレドニアの侵略など考えておりません。少なくとも、盟主のエステル王女がそのような人物ではありません」  数ヶ月前、ラドロアで出会った少女の真摯な瞳を思い出しながら、アルフォンスは一層声を張り上げる。 「解放軍とは協力し合えるはずです。どうか今こそ帝国の支配を断ち切って、ガルディア半島の因習からカレドニアとガルド両国を解き放つ時ではありませんか」  その言葉に、エルネストとグリッドは頭を下げたまま顔を見合わせ、「これだから若造は」と、嘲笑を交わす。それが証拠に、バルトレットの表情が、一瞬にして険しくなった。 「寝言は寝て言え、アルフォンス」  憎々しげに顔を歪め、びしりとアルフォンスを指差して、王は吐き捨てるように叫ぶ。 「奴らはガルドと結託したのだ! 先に剣を抜いて突きつけてきたのは向こうだ、そこにのこのこ握手しにゆけと? ふざけるのも大概にしろ!」  凄まじい剣幕で怒鳴られ、アルフォンスは返す言葉に詰まる。ラドロアの戦いで多くの部下を失い、オットーも死亡させて帰還した幻鳥騎士に、国王は『国の恥』と罵声を浴びせ、一ヶ月の謹慎を言い渡した。  今回も、アルフォンスが再び将としてこの場に召喚されたのは、挽回の機会を与えようというバルトレットの温情ではない。別の思惑が存在しての事なのだ。 「アルフォンス、貴様は随分と反乱軍を買いかぶっているようだな。あのエステルとかいう小娘が、そんなに気になるか」  他意を含んでにやりと笑う国王を前に、アルフォンスはぐっと拳を握り込んで、唇を噛み締めるしかできない。  図星なのだ、バルトレットの言う事は。あの、凜とした決意を曲げない翠の瞳を思い出す度に、望まぬまま帝国の手先として戦うしか無い己が身を、もどかしく思い続けたのだ。  そんなアルフォンスの心中も見透かした様子で、バルトレットはにやりと唇を歪める。 「どうも貴様の反抗的な態度は癪に障るな。反乱軍と手を組んで、カレドニアを乗っ取ろうとでも考えているのではないか?」  流石にそれには、かっと頭に血が上った。 「陛下! 私の事をそこまで疑われますか!?」  思わず立ち上がり、一歩を踏み出した瞬間、王の衛兵が即座に動き、アルフォンスを両脇からがっちりと拘束する。その様を見て、バルトレットは膝を叩きながら呵々大笑までしてみせるのだ。 「本当にその気が無いのなら、そこまでむきになる必要はあるまい? やはり貴様は信用ならぬな」  ぎょろりとした目で嫌味なほどにアルフォンスを()めつけ、カレドニア王は、面倒臭そうに片手を振る。 「まあいい。身も心も冷えれば頭まで冷えよう。牢にぶち込んでおけ!」 「陛下!」  アルフォンスは再度切願するように声を放つ。だが、主君は最早こちらに興味を失ったかのように目もくれず、残る将達に指示を下すばかり。「良い気味だ」「子供は子供らしく大人に従っておれば、目の敵にされぬものを」エルネストとグリッドがくつくつとほくそ笑んで、聞こえよがしに囁き交わす。  自然、瞳は残る一人に向いた。王に最も近しく、そして唯一、王に対等に意見を放てるだろう相手へと。  だが、頼れるべき一人であるジャンヌ王女は、憐れむような視線を一瞬こちらに投げかけたものの、済まなそうに睫毛を伏せがちにし、すぐに背を向けるばかりであった。
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