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 最初は、「この道を行くと危ない」、「明日怪我をするよ」程度の、子供の戯言と笑って流せるものだったという。しかしある時、とある貴族の死期を、死に方まで明確に言い当てた事から、ファティマは気味悪がられ、口さがない大人達に吹き込まれた子供達はこぞって彼女を異端扱いし、石を、心無い言葉を投げつけたのだと。  それでエステルも理解した。幼い頃から共に過ごした家族であり、陰に陽に虐げられる妹を、アルフォンスは何としてでも守りたいと思ったのだろう。幼い頃から愛おしく思った存在と、まともに言葉も交わした事も無い姉。天秤にかけてどちらに傾くかは、自明の理だったのだ。  だが、エステルにアルフォンスを責める気は無かった。自分もこの弟の存在を知らない頃に、彼とトルヴェールの幼馴染の誰か、どちらかしか救えないと選択を迫られたら、選び取る道は決まっている。クレテスなら尚更だ。そう考えたところで。 (どうしてクレテスが最初に浮かぶの?)  自分の思考がわからなくて、少し熱を持った両頬を手でおさえる。『必ずお前を守るから、信じててくれ』と細めた蒼の瞳を思い出すと、動悸が増す。この動揺の意味を求めてぐるぐる思考を巡らせていると。 「坊ちゃま、エステル様。お待たせいたしました」  二人分の食事の盆を持ったジャスターが、颯爽と姿を現した。礼を言いながら盆を受け取れば、黒麦のパンと、小さめな鳥肉のソテー、そして根菜多めのスープに、ムスペルヘイムでもよく食べていた小林檎が載っている。 「お姫様のお口には貧相かもしれませんけれど」 「いいえ、充分です。ありがとうございます」  カレドニアの食事情を聞いた今となっては、笑い飛ばす事もできない。エステルはジャスターの揶揄に対して、神妙な表情で頭を下げた。  彼が下がり、また二人の時間が訪れる。向かい合って腰を下ろした双子は、しばらくの間、黙って食事をしていたが。 「……僕は、両親に捨てられたと思っていたんだ」  不意にアルフォンスがぽそりと洩らした言葉に、はっとして顔を上げる。お前だけ選ばれたのだと恨み言をぶつけられる覚悟も決めて続きを待つと、そうではない、と示すように、少年は首を横に振った。 「さっき言っただろう。養母はウルザンブルンの出身だと。ファティマほどではないけれど、養母にも同じ力があったんだ」  十六年前、グランディア王家と懇意にしている一族として、世継ぎの誕生祝いに王都アガートラムを訪れ、ミスティ女王に謁見したリードリンガー伯爵夫人マリアナは、双子の王子と王女の顔を見るなり、深刻な表情をして、女王夫妻に告げたという。 『お子様方は、途方も無い巨大な運命に巻き込まれる未来を背負っています。このままでは、女王陛下にも、騎士団長殿にも、お子様方にも。この大陸の全ての者に死しか訪れません』  我が子らを抱いて絶句する女王と騎士に、『ですが』とマリアナは更に毅然と語を継いだ。 『お一人を手放せば、未来は変わります。しかし、わたくしには「視えない」不確定な未来へと』
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