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「子供が欲しい夫婦がでっちあげた冗談と、笑い飛ばす事もできただろう。だけど、父上と母上は、悩み抜かれた末、聖王槍と共に、養父(ちち)へ僕を託した」  アルフォンスが視線を馳せた先を、エステルも目で追う。見える範囲にはあるが、いきなり手にしてこちらに襲いかかる事のできない場所に、聖王槍ロンギヌスが立て掛けられている。その姿は、月明かりを受けてぼんやりとした光を放っているように見える。 「その話を聞いた時、僕は見捨てられた子供なのかと、病床の養父に思わず詰め寄ってしまった。だけど、養父は言ったんだ」 『貴方のお名前が、ご両親に深く愛されている証拠です』  それを聞いて、エステルもかつて誰かから聞いた話を思い出す。世界(アルファズル)の一部、アルやアルフを抱く名は、『世界の全てが敵だとしても、私は貴方を愛している』という、名付け親の思いが込められているのだと。 「僕は、両親に確かに愛されていたんだ」  アルフォンスの目の端に光ったものを、エステルは顔を伏せスープをすする事で、見ない振りをした。もしかしたら、両親の決断次第では、立場が逆になっていたかもしれない。弟が正統なるグランディア王族として解放軍を率いて、自分がカレドニアの将として対峙していたかもしれないのだ。その時、彼を憎まずに相対する事ができるか。エステルには想像の及ばぬ範囲であった。 「それでも」  アルフォンスの声が、エステルの意識を思考の輪から現実に引き戻す。 「僕にとって、カレドニアは大事な故郷なんだ。この国の人々が笑顔で生きられる道を探したい。だから、大切な人を見捨てる事もできない」  すまない、という呟きは空気に溶けて消えそうな小ささで、耳に滑り込む。しかし、エステルには彼を非難する理由が無い。正義は、信じるものは、そして大切な相手は、人によって違う。それをここまでの道程で学んできた。  どうにかして、肉親の願いを叶えたい。その為にも今は、自分の望む道が続く事を願う。 (クレテス、お願いします)  彼が同じ月を見上げていると信じて、エステルは祈る気持ちで空を仰いだ。
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