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(4-7)
馬を走らせている間に身を打った雷雨は、既に去って久しい。丘の上から見下ろすブレーネ砦には、日が暮れてあちこちで篝火が焚かれ、視線を上に向ければ、月が笑みを象って見下ろしている。
「確かに見張りはいるぜ」
偵察に出したクリフがこきぽき首を鳴らしながら戻ってくる。
「大した数じゃあないけど、この人数で相手をするには、ちょいと骨が折れるかな、ってくらい」
「だろうな」
見張りの人数を指折り数える少年の報告を受けて、クレテスは静かにうなずき、背後の切り札を振り返った。
「人使い荒いねー」
役割に気づいたエシャラ・レイが、ふたつに結わいた髪を揺らして、揶揄うように笑みを見せる。クリフといいこの歌い手といい、少人数の隠密強行軍にしては、呑気な者が多くないだろうか。
(いや、選んだのはおれだしな。エステルにも信じろって言っちまったし)
今更後悔しても仕方が無い。折しもブレーネ砦に向けてこちらは風上だ。ティムの風魔法に頼るまでもなく、エシャの歌が届く用意は整った。
しゃくしゃくと。水滴の残る草を踏み締めてエシャが皆の前に進み出る。すうっと肺いっぱいに空気を吸い込むと、空気を叩くような歌声が辺りに響き渡った。
不可思議な力を込めた子守歌の前に、ブレーネ砦の見張りに立っていた兵が次々と昏倒してゆく。砦内にどれだけ残兵がいるかはわからないが、自分達の目的は敵を殲滅する事ではない。人質のファティマを救出できればそれで満点だ。
「行くぞ!」
仲間達に声をかけ、クレテスは馬に再びまたがる。そして、ブレーネ砦目指して丘を駆け下りてゆくのであった。
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