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そして九月中旬。ガルドとカレドニアの国境にあるカルミナ砦に陣を据えたエステルは、主立った者を会議室に集め、今後の対応について語り合う事にした。
ガルディア半島の地図を広げ、クリフを筆頭にした偵察部隊が集めてきてくれた情報を整理する。
「バルトレット王は、動かせる軍を動かせる限り布陣させてる」
垢抜けない盗賊少年から一転、すっかり密偵の長としての責任感を備えてきたクリフが、敵軍の将を指折り数え上げた。
「『青の矛先』エルネスト、『緑の楯』グリッド、『銀の鳥』アルフォンス、そして『緋翼』ジャンヌ王女」
あちらの大将、自分の娘も手駒だぜ、と少年は呆れ気味にぼやく。
草原地帯が広がっているガルド王国と、険しい山脈ばかりが描かれているカレドニア王国。数十年前の地図でも国土の違いが一目瞭然な両国を見つめていたエステルは、ふと顔を上げ、傍らに立つ叔父アルフレッドが、やけに神妙な顔をして、思索に耽っているのに気づいた。
「叔父様?」
小首を傾げて問いかければ、彼はやっと現実に返ったとばかりにこちらを向き、済まなそうに頭を垂れる。
「あ、ああ、申し訳ございません、エステル様。少し、考え事をしておりました」
彼とテュアンには、カレドニアとの和解は難しいと一刀両断されてしまった。この期に及んでエステルがまだ、対話の道を、と言い出すのを恐れているのだろうか。愁眉を曇らせた時。
「エステル!」
「リタ、まずはノックだ。不躾にも程がある」
会議中にも関わらず遠慮会釈無く扉を開いたリタが飛び込んできて、後に続くユウェインにたしなめられる。
「何だよ。そんな暇こいてる内に攻め込まれたらどうするんだよ」
「作戦会議は軍事機密だ。万一敵に漏れたら、真っ先に君が嫌疑をかけられるぞ」
このままでは二人の言い争いが続いてしまう。「で、何なんだ」と、テュアンが腕組みをして眉間に皺を寄せた。たちまち飛び込んできた二人ははっと我に返り、「そうだ」とリタが身を乗り出す。
「カレドニア側から、魔獣騎士が飛んでくる」
「数は?」
「それが、一騎なんだ」
すわ敵襲か。表情を険しくしたエステルに、しかしリタは困惑した様子で首を横に振った。
「しかも白旗を掲げております。ですので、エステル様に対応をおうかがいしようと思いまして」
続きを請け負ったユウェインの言葉に、エステルだけでなく、その場にいる誰もが驚きを隠せず、隣と囁き合う者まで出てくる。敵国とはいえ、戦意の無い者を一方的に射ち落とすのでは、反逆者だからと斬り捨てる、帝国のあくどい将軍と変わらない。ならば、自分が発する答えは一つだ。エステルはそう決意した。
「話を、聞いてみましょう。ラケに砦の屋上へ案内させてください」
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