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しかし、それと弟とどういう関係があるのだろう。そんな敦の疑問を察したかのように、骨董屋は話を続けた。
「そこで、この草履です。これは、その大天狗一門の、今じゃ一番弟子に当たる弘の坊天狗様から預かったものです」
それから骨董屋は遠い日を懐かしむように続けた。
「弘の坊とは彼がまだ天狗方の使い走りで、私が祖父の元で骨董屋の見習いをしていた頃からの顔馴染みでね。彼はよく天狗様に言いつけられて、祖父の店に品物を卸しに来ていました」
弘の坊は、自分は元々は人間の子供で、故郷には母と兄がいると語っていたそうだ。天狗になって後悔はないが、唯一心残りは母と兄に何も言わずに出て来てしまったことだという。
「弘の坊はずっと空を飛ぶのに憧れていて、いつも空を見上げていたらある日、天狗岩という所で天狗と知り合ったんだそうです。天狗だって世代交代があるから、人間を『天狗にならないか』と誘ってみることがあるみたいですね」と骨董屋はいとも簡単に話す。
確かに弘はいつも空を見上げては空を飛びたいと話していたっけ――敦は幼い弟の夢見るような表情を思い出していた。
「弘の坊は、自分みたいな小さな子供が家にいては、貧しい母や兄に迷惑をかけるという思いもあったようで、天狗の誘いに乗ってみることにしたんだそうです。それで、その天狗が一計を案じ、川で溺れたことにして姿を消したそうなんですよ」
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