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村からさらに山を登ったところには、天狗岩という巨大な岩があった。空を飛ぶ天狗が立ち寄って休憩するという言い伝えがある岩だったが、ある時などその岩から本気で空に飛ぼうとしていて、敦が見つけて慌てて止めたこともあった。
左頬にある黒子を虫と勘違いして、「ねえ、兄ちゃん、虫取って、取ってよ!」と泣いて懇願し、一生懸命取ろうとする姿が可愛いやらおかしいやらで、母と笑ったことも思い出された。
敦は夜になると、ひと間しかない家の板張りの部屋で薄い布団にくるまり、弟を想って枕を濡らした。母が敦を責めるようなことを言わないのが、余計につらかった。
母は敦が寝たあとも繕い物の仕事をして遅くに布団に入ったが、弘の寝巻きを抱きしめて眠っていることに敦は気づいていた。
お互い、弘の話を深く語り合うことができないまま日にちが経っていった。
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