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平林社長は業界内でトップクラスの人脈を誇る。と言えば聞こえば良いが、裏の世界でネットワークの中心的人物だ。そのネットワークを利用したので萩谷美梨の調査は一日を待たずに上がってきた。
萩谷美梨は街中でスカウトされ、業界内では弱小と言われる事務所に所属した。が、売れる気配が全く無かった。ドラマに出ても名前の無い通行人などエキストラとほとんど変わらない役ばかりで、現在はトーク番組のアシスタントが唯一のレギュラーだ。そしてプライベートな情報として、相馬颯斗の大ファンであると書かれている。
調査票をテーブルに放り投げた平林社長は、ソファに足を投げ出すと、目を閉じた。考え事をするときのポーズだ。そして電話に手を掛けた。
「ああ、俺だ。久しぶりだな。お前のとこの萩谷美梨ってのがいるだろ。今度うちの颯斗が主演するドラマがあるんだが、その同級生役のオーディション受けさせてくれ。は?理由?ちょっとその娘が颯斗絡みでしでかしてくれてな。心配すんな。お前に害はいかないようにしてやるから。ああ。じゃまあ頼むな」
電話を切ったその指で、今度は颯斗に電話をかけた。
「俺だ。例の娘をお前の同級生役でオーディションを受けさせる。もちろん合格だ」
「ーーー何考えてるんですか」
「なーに。悪いようにはしねーよ。ただお前との距離を分からせてやるだけだ。もちろん、彼女との距離もな」
平林社長の言葉に颯斗は閉口した。ふざけている事が多いが、どこか底知れない怖さがある。その怖さがいざという時には絶大な信頼感になるのだ。
「早く彼女を安心させてやらないとな、颯斗」
「あ、はい。俺はそのためだったら何でもします。だから社長…。よろしくお願いします」
電話の向こう側で頭を下げているトップ俳優の姿を想像し、平林社長は口角を挙げた。
「何でもするとか簡単に言うもんじゃねえぞ。お前の一言によっちゃあ、うちの事務所に大打撃を与えるんだからな。自分の影響力をもっと考えろ」
「はい。すみません」
「ずいぶん素直になったなあ。それも全部彼女のためか」
「そうです。俺は彼女の幸せしか考えてませんから」
「はっはっは。お前からそんな言葉を台詞以外で聞く日がくるとはなー。すげえな、あの子。ま、結婚式には一千万くらい祝儀包んでやるよ」
「楽しみにしてますよ」
電話を切った後もしばらくの間、平林社長の高笑いが広いリビングルームに響き渡っていた。
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