女優Xを探せ!

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 颯斗と佐々木が互いに目配せしたのは、ほとんど同時だった。 「悪いけど覚えてないですね。毎回色々な方から差し入れて頂くので」  素っ気なく颯斗に言われた美梨の顔に戸惑いの表情が浮かんだ。 「そ、そうですよね。すみません」  頭を下げた美梨と颯斗の間に佐々木が入り込む。 「まあまあ。颯斗、そんな言い方はないだろ。せっかく持ってきて下さったんだ。萩谷さん、頭を上げてください」  佐々木の柔らかな口ぶりに安心したのか美梨は顔を上げた。佐々木はにっこりと美梨に向かって微笑んだ。 「本当にすみませんでしたね。ただ一つだけ確認しておきたいのですが」 「あ、はい」 「この差し入れは颯斗にだけですか?」  口ぶりは穏やかだが眼鏡の奥から覗く瞳は鋭いもので、美梨はたじろいだ。 「はい…。そうですけど…」 「そうですか。では今後、颯斗だけに対しての差し入れはお断りします」 「え?どうしてですか?」 「現場での共演者同士の差し入れはよくある物です。特に珍しいものではありません。ですが特定の人間にだけ差し入れしていることがわかった場合、それは噂になります。特に颯斗は主演ですからね。それが理由です」  丁寧な説明とは裏腹に、佐々木の表情からはくだらない噂が立つのは許さないという気迫が溢れていて、美梨は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。 「わかって頂けましたか?」 「ーーーはい。私の考えが浅はかで…すみません」 「いえ。分かって頂ければいいんです。中にはいくら話しても分からない人もいますからね。助かります」 「いえ。それは…」  役者としての立ち位置的にも、事務所の規模から考えても、佐々木の言葉を全て無条件で受け入れなければいけないことは美梨にとって明らかだった。断りでもすれば、簡単に自分など切られてしまうのを実感した。 「では今後差し入れする際は、現場の皆さんにされるのが良いですよ」 「はい。アドバイスありがとうございます」  美梨がいなくなり再び二人だけになると、颯斗がため息をついた。 「意外でしたね」 「何がだ?」 「彼女ですよ。もっとしつこく食い下がるんじゃないかと思ってました。まさかあんなに聞き分けがいいとは」 「まあー、確かにな。でもそれなりにこの業界にいるんだ。そこまでバカじゃないってことだ。うちの事務所を敵に回せば終わりなことくらいは、新人だって教えられてるくらいだからな。それに、嫌われたくなかったんだろ。お前に」 佐々木にちらっと見上げられて、うんざりしたように颯斗は眉根を寄せた。 「勘弁してくださいよ。彼女は紗綾を陥れようとしてる人間なんですから。俺にとって敵でしかありません」 「容赦ないなー」 「紗綾以外の女性に、優しくする必要ないですからね。仕事以外で」 「徹底してるな。まあ、でも俺はさ。お前のそういうところ、好きだよ。同じ男としてもさ、尊敬するよ。引くて数多で、遊ぼうと思えばいくらでも出来るのに一途だもんな。本当カッコいいよ。マネージメント出来て光栄だ」 「何言ってるんですか」 「いや。本当に思ってるんだよ。どんなに酷い役者やタレントだって担当したら嫌とは言えない。プロだからな。でも俺は自分が好きな相手と仕事出来てるんだ。これ以上幸せなことはない。ーーーだろ?」 「尊敬する佐々木さんにそこまで言ってもらえて光栄ですね。ずっとそう思ってもらえるように頑張りますよ」 「ああ。頼むよ。お前が仕事に専念するためにも、萩谷美梨の件は早急に片をつけなきゃな」 「ですね」
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