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その日から一週間ほど後、
───
一通りの家財道具が揃った部屋で、李子は水無月の来訪を待ちわびていた。
『見放すわけじゃない』
と言ったあの夜の言葉だけを頼りに、三日間言いつけ通り新居から一歩も出ずに過ごし、四日目の早朝、外が白むのを待って李子は家を飛び出し、老婦の店と桃碼の館へ出向いた。
ちょうど老婦は市場から届いた果実を受け取る為に店先へ出ていて、李子を見るなり両手を挙げ、『驚いたよ、あんたコウさんの用意した家に越したんだって?』と先に口を開いた。
「はい」
李子は笑って老婦にこれまでの礼を伝えた後、『近所だから今後も配達を手伝わせて下さい』と手を取ると老婦は喜びの涙を浮かべ、『助かるよ』と言って何度も頷いた。
桃碼は、
『コウさんに聞いたヨ。 近くだろ? これからは通いで雑用の仕事来るといい』
と素っ気なく返してきたが、李子が老婦に渡したのと同じ礼の言葉を述べ、僅かな荷物を引き上げる為に元の部屋に向かうと、急に肩を叩いて振り向かせ、
『良かった、幸せなるネ』と抱きしめて大きく鼻をすすった。
部屋に入ると李子は改めて四隅に陣取る朱柱始め、全てが木でできた造り付けの家具に目を馳せた。
母親の遺品の全ては木瀬に預けてしまっていたから、荷物は衣類と生活小物のみ。
それらにしても桃碼が用意した大きなショッパー二つに余裕で収まってしまったので、紙袋の持ち紐を双方の肩に一つずつ掛けた李子は、最後にクリーニングを済ませた水無月のスーツを両手に抱えてあっさりと引っ越しの準備を終えた。
見送りをする桃碼に、この一週間の間に水無月が来たかどうかを聞こうとしたが、知ったところでどうなるものでもないと思い、結局止めた。
館には思ったより長い時間滞在していたらしく、外に出た時すでに日は高く昇り始めていた。
果子通りをゆっくり歩き始めると、近くに並ぶ粥店から馴染みの匂いが漂ってきて、李子の鼻をくすぐる。
開け放たれた店では注文のやり取りをする大きな声が上がり、路上に張り出した屋台からは揚げ物のパチパチ音と鉄板で調理する音、蒸籠が湯気を噴き出して朝の活気を伝えていた。
この辺りでは通りの名にちなみ、『煎餅果子』という、薄焼き卵と油条(揚げパン)を味噌で味付けし、薄生地で包んだクレープのような食べ物が朝の定番だった。
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