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「朝食はこれにしよう」
李子は一旦家に戻って荷物を置くと四日前に木瀬から渡されたスマホを持って再び通りまで出、出来立ての煎餅果子と温かい豆浆 (豆乳) を求めた。
「支払いは電子マネーでお願いします」
李子がこのスマートフォンで金を使うのは二度目だった。
四日前、木瀬から仕様の説明を受けた際、決済アプリにまとまった金額が入っていることを聞かされた李子は、翌日まで迷った挙げ句、ある決意を以て『NPO法人 被害者遺族支援協会 港支部』に宛て、チャージされていた金額の全てを送金した。
送った額はかなりの大金だったが、暫く振り込みができないことを踏まえ、敢えて全額を振り込んだ。
というのも、今回のことで水無月への想いを固め、自覚し認めた李子は、何よりも先に自身の持病を完全に治さなければ、と決めていた。
とにかく身体を健康に保ち、働き口を見つける。
送金の再開はそれからにし、水無月への返済も同時にさせて貰おう、と。
使っても使っても自動チャージされる金の出所はもちろん水無月の個人支出だが、それを承知で李子はあえて使うことにした。
「すみません、あと茶葉蛋(中国の薬膳煮玉子)も追加して下さい!」
これまでの李子の生き方と信条からすれば考えられないことだったが、水無月の心根を知った今、過去の自分が如何に的外れな行動で気を引いていたか、如何に自らの身を粗末に扱っていたかを、はっきりと自覚したのだ。
李子は、
『経済的な依存を誰にもしてはならない、自分にその資格はない』
そんな強迫観念に長く浸るうち、身を売る自分と貧しい生活に安心感さえ覚えていた。
妙な話だが、水無月の眼の前で綾野に抱かれる、という屈辱的な局面に遭って初めて己の頑なさと恥、卑下にしがみつく自分を知ったのだ。
そこで、この転居を機に李子は自虐的な思考の癖を変えていこうと決意していた。
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