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花園街ではどんな服を着けていても特異な目で見られたり、忌み嫌われることはない。
もちろん両肩に くたびれた紙袋を掛け、皺くちゃになったビニールを抱えていても同様だった。
だが楼門を一歩出、人の層が変わると李子の出で立ちは怪訝な目の対象となるらしく、彼が駅へ向かう道を確かめようと、比較的ゆっくり歩く人を選んで近寄り、
『すみません』
と声を発しただけで声をかけられた側は皆身を守るようにして避け、早足になってしまう。
「『外』だとこんなに人の雰囲気が違うんだ」
気を付けてても当たってしまう紙袋に舌打ちを受けるのは仕方ないが、逆にスーツケースのキャリーで背後から踵を轢かれても睨まれるのは李子の方で相手からは何の言葉もない。
花園街では経験したことのない塩対応に李子の意気込みはすっかり挫け、途中からは迷惑にならないよう舗道の隅を沿うことにした。
「あれが駅か」
人に頼ることはできなかったが、各方面からチャイナタウンへの案内図などがあちこちにあったので一番近い駅へは目安時間通りに辿り着くことができた。
「この調子だと大丈夫そうかな」
消えた笑みが戻ったのも束の間、実際はここからが大変だった。
スマートフォンで調べた後、改めて表示された路線図を見て降りる駅を探し、乗り換えを含めた切符を販売機で買い求めなければならない。
不慣れな李子は荷物を持ちながらタッチパネルの一つ一つを読み、その間にも誤った箇所に触れたりして、最初から買い直すなど、切符一枚にかなり手間取ってしまった。
ようやく切符を手に入れても念には念を入れて確かめようと改札へ向かえば、声を掛けられた男性駅員は、李子の汚れ一つ無い肌はともかく、身なりに関しては浮浪者とも見て取れる姿に一瞬ギョッとし、上から下までジロジロと眺め、細い指が切符を手にしているにも関わらず『切符を見せて下さい』と厳しい顔で返し、『本当に電車に乗られるんですね? ◯◯駅まで行かれるんですね』と何度も訊いた。
改札を抜けるだけでこの騒ぎである。
その後も目指すホームを探し、電子案内を見て新快速、準快速、快速、普通の区別を確認し、乗るべき列車とその行先、乗り換え駅を確かめる。
スマホの画面と実際を照らし合わせた後、李子は生まれて初めて電車というものに乗った。
「はぁぁ、良かった」
流れる景色を楽しむ余裕もなく安堵する。
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