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少し落ち着いた頃、李子はようやく周囲に目を馳せ、人々が自分を避ける理由を知った。
座席にも立つ者の中にもビーチサンダルを履いている者は一人もいない。
色褪せて毛羽立ち、肩が落ちるほど襟ぐりの大きなブラウス、ダメージというには無理のある膝が抜けてしまっているパラッツオパンツ、そこへもって、角という角が破れつつある紙袋や、大事に抱き守るあまりクシャクシャになったクリーニングのポリプロピレンカバー。
花園街と山の手、旧異人館や国内有数の高級住宅街を分ける沿線は殊の外上品な乗客層が多く、その中で痩せて見窄らしい自分の存在が、彼らにどう映っていたのかをようやく自覚したのだ。
───
俯きを深くし、ドアの隅でなるべく小さくなっていく身にハプニングという追い打ちが起きたのは二度目の乗り換えの時だった。
ホームを移る為にエスカレーターに乗った李子はスマホで確認することに夢中で自分が立つ側だけが前後空いていることに気がつかなかった。
上階の途中まで来たとき後ろから若い男が駆け上がって来て無理矢理李子を抜いた後で振り返り、悪意に満ちた目で胸を突いてきた。
「邪魔なんだよ!」
「すみま、、、」
しかし謝ろうとした時には既に李子は荷物ごと背を下にして空を飛んでいた。
幸か不幸か、二人の後ろ数段には人が居なかった為、他の利用者を巻き込むことは無かったが、李子は逆に留まることもできず一番下のステップまで落ちてしまった。
周囲から上がる大きな悲鳴に落ちた本人が一番驚き、腰をさすりながら脇へ避け、すぐに起き上がった。
「ご、ごめんなさいごめんなさい」
大きな怪我も出血も無かったのは、落ちる際、肩に掛けていた紙袋二つがエスカレーターのステップと身体の間でクッションとなって滑り落ちることができたのと、抱いていた水無月のスーツが上手い具合に翻り、最後まで後頭部を護ったからだ。
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