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秋霖
───
「はいよ、これ」
カウンター脇に立ち、コーヒーを飲む水無月に男が一枚の書類を差し出した。
男は大使館が並ぶ一等地に建つ、フレンチレストラン『le bois』のオーナー、鵜飼という者で水無月の元同僚である。
「悪いな」
置かれた書類に目を通した水無月が畳んで内ポケットにしまい込むのを見、鵜飼は苦笑した。
「しかし創籍申請が通らなかった理由が『中華街に所在を置いたから』だとはな。
法曹の世界にも公にできない事情ってもんがあるんだな」
この男もまた、新戸籍編纂に関する水無月の、執着めいた労を知っている一人である。
「チャイナタウン以外なら皇居だろうが城だろうが構わないらしい。
ならばこっちもあいつに似合う、響きの良い地名を選んでやるまでだ」
「皇居に城?
んなら思い出の場所とかでもいいのか?」
「ああ」
「はーん、、、。
そう思うとよ? 『戸籍』ってのは一体何の為にあるんだ?」
「『世の常識』ってやつと同程度には意味のないものだろうな」
「あははは、、、まぁな。
しっかし現実無いと不便ではあるし」
水無月がしぶとく通い続けた役所の担当者がとうとう根をあげ、『二度と来ない』ことを条件に助言を呈してきた。
それにより、ようやく裁判所の意に添う申し立てができたところで戸籍取得許可が降りたのだ。
「とにかく恩に着る。
お前には何らかの形で必ず礼をするからな」
「よしてくれ。
元同僚のお前には何であろうと全面的に協力すると俺は決めているんだ。
この土地が役に立つなら本籍だろうと住まいだろうと自由に使ってくれ」
敷地の所有者である鵜飼の承諾書は個人間の確認だけのことだが、李子の本籍地とするには上々の地名である。
とはいえ大した拘りはない。
どこに籍を置こうと国民の権利がついて回る、水無月にはそちらの方が重要だった。
李子の謄本を実際に手にできた瞬間、鵜飼の言う通り、李子の被った不利益が一つ解消されるのだ。
「で? いい加減聞かせてくれよ、お前が李子って子にそこまでご執心な理由を」
「さあ、、、」
「んだよ、水くせぇ奴だな」
「俺が知りたい。本当だ」
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