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始めのうちは右も左も構わず走ったが、息が切れて足も覚束なくなる頃、李子は線路に沿う道を見つけ、目的駅に向かった。
擦れたビーチサンダルが足裏に張り付いてる限り何処までも歩いて行くつもりだった。
サコッシュにあるのは壊れたスマートフォンと缶ジュース、そして少しの現金。
水無月のスーツを胸に抱いて、ひたすら前を、二回目の乗り換え駅を目指す。
大変な思いはしたが、少しずつ都心部へと歩み進むうち、李子の心はいくらか落ち着きを取り戻していた。
雑多なビルが多くなると行き交う人々の層が変化し、見窄らしい者が珍しくなくなって更なる無関心の対象になったからかも知れない。
しばらくして線路の際に都内全域を大まかに記した地図を見つけた李子は、現在地と目的地の位置、向かうべき方角、そして距離を頭に入れた。
「小さな公園を抜けて住宅街を行って、それから大きな公園を抜けると近道なのか」
海沿いの街に住み、公園と言えば拓けたコンクリート以外知らないで育った。
周囲を囲うのは南国にある植物、その内側にキッチンカーとベンチが並んでるくらいが精々だ。
今、李子が歩く見知らぬ街の小さな公園には潮の香りではなく、土埃や無機質な街の匂いがある。
「公園だ」
入口の真向かいに建つコンビニエンスストアでパンを買い、園の中に日陰を探した。
砂場には目の細かいネットが掛けられ今は利用されていないようだった。
オブジェだと思った建造物はよく見ると片側が階段、もう片側が滑り台になっている。
「ずいぶん凝ってるなぁ」
物珍しさから裏へ回り、中が空洞になっているのに気づいた李子は、ぽっかり空いた穴からそっと足を踏み入れた。
ひんやりした暗い空間にカビ臭い匂いが漂っている。
明るい方へ目を遣ると上の方に穴があり、そこから曇り空が見えた。
「へえ」
乾いた場所を探して座り、持っていたバーリーウォーターを飲む。
次いで先ほど買ったパンに噛りつき、驚いた。
「柔らかい。美味し、、、」
チャイナタウンにあるコンビニエンスストアのパンとは食感も味も全く違う。
「人も街も。
匂いも、、、食べ物もこんなに違うんだ」
同じ日本でありながら、目に付くものの多くが花園街とは異なっていた。
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