秋霖

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午後、 蒸し暑さの中に時折涼しい風が混ざる中、李子は再び歩き出した。 住宅街に入ると更にこの国の文化が垣間見える。 戸建てと呼ばれる家々はどれも窓一つ開いてない。 だからだろうか、人々の喧騒や生活音が全く聞こえてこないのだ。 ゴミ一つ落ちていない道路、きっちりと閉められた門扉。 そんな家と家との隙間にひょっこり現れたのは寺とも違う宗教的建物。 これが雑誌で見た『神社』というものだろうと李子は思った。 好奇心に逆らえず石造りの門(鳥居)を潜る。 「コウさんもこんな風景の中で育ったのかな」 石畳みの両脇に生える苔。 灯籠、手水舎、垂れた鈴緒の向こうには、社殿があり中央に神鏡が光ってる。 住宅街を抜けても目に新しい光景に惹かれると、つい寄り道をしてしまう。 段々と街に目が慣れ、都会の空気に馴染んでいくと、時間はかかっても必ず目的地へ辿り着けるという自信が湧いてきて、不安に急く気持ちは消えていった。 それでも最終の目安となる大きな公園に着いたのは、すっかり日も暮れた夜半で、歩き続けた足はいくらも動かなくなっていた。 李子は若者達がダンスやスケートボードに興じる広場の、比較的人の目につきやすいベンチを選んで座った。 「とにかく食べよう」 残り金は使い果たしたが、手元には寿司店の店先で買った目にも鮮やかな黄色の 『茶巾寿司』がある。 「これも寿司なのか」 薄焼き卵に包まれた大きな塊を二つたいらげ、ビジュアルと食味のギャップに驚きを残しつつ、近くの水飲み場で喉の乾きを癒やした。 「ふぁぁぁ、、、眠い」 人目のあるベンチを陣取って寝床としたのは金を目当てとする連中に狙われない為だ。 大都会の夜もチャイナタウンの夜も身を守る術は変わらない。 少しでも明るいところ、防犯カメラと人気のある所を選ぶのは身をもって知っていた。 尤も、今の李子の服装を見れば金目当てで近づく者などいないだろうし、実際に強請(ゆす)られたところで金は無いのだから、他に防犯対策は必要なかった。
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