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✦ おまけ ✦ 李子の素顔
花園街を飛び出し、身一つで愛する男の元へ辿り着いた李子は、その日からle boisの裏にある、物という物も特に無い殺風景な倉庫の住人となった。
潮の満ち引きのように、互いを探り合っていた時はこの日を境に過去となり、水無月が差し込んでくる鍵によって、李子は長く閉じ込めていた『本来の自分』というものを開放していった。
「、、、っ、、、っ」
「声、聞かせろよ」
「ぅっ、っん」
「声」
「ぃっ、、、い、いくっ。
ぁあっ、でもやだっ、一人でイくのやだっ」
こんな風に。
どくっと一気に放出された水無月のものを腹の奥に感じ、自らも白いものを迸らせる。
水無月を射精まで導いたのが自分であり、水無月によって吐精させられた自分がいることを夢のように思った。
水無月が表す李子への愛情は例えるならば明けることのない秋霖のような、或いは静かに包み濡らす霧雨のようであった。
それまで李子が持っていた水無月の印象は、己の感情をあまり言葉にしないというものだったが、揺るぎない安心を得た李子が心からの笑顔を現すと、その変化に対して率直な褒め言葉を口にし、これまで知ることのなかった一面を見せたりもした。
秋の長雨が降る夜、冷えたロフトに横たわる李子は水無月の腹に浴びせてしまった自らの白濁を拭う為、慌てて身を起こす。
その身体が完全に起き上がらないうちに腕を掴んで引き戻した水無月は、未だ上下する胸に再び抱いて背中を撫でる。
「コウさん」
─ もう少し繋がっていれば良かった。
汚れを気遣うあまり早々に繋がりを解いてしまったことを後悔し、寂しそうな顔をする李子に、水無月は彼のしなやかな黒髪に口づけ可笑しそうに囁いた。
「強請る言葉が出ないのか?
主導権はお前にあるのに」
「主導権だなんて、そんな。
、、、でも、、、今したばっかりだから、その」
口籠ると水無月は小柄な身体を組み敷き、真顔で諭した。
「欲しければ強請り、嬉しかったら笑って嬉しいと言え。
ネガティブなことでも同様だ。
傷つけられたら泣き、痛みを感じたら痛いと言え。
自分は特別な存在なんだと、俺にだけは何を言っても許されるんだと、自信過剰くらいで生きてくれ」
愛する男からの言葉を受けた李子は暫し見つめ合い、その後笑った。
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