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まるで別国とも言えるこの街は、治外法権ならではの独自組織が法に代わる機能を構築していた。
裏社会、いわゆるチャイニーズマフィアである。
彼等による様々な犯罪リスクはあるものの、外部組織の干渉を受けず人種間差別もない経済第一主義は、景気後退の兆しを見せる日本とは明らかに逆行していた。
ゆえに、
「水無月さん。
水無月さん目付けのガキがまた勝手に客とってんすけど。
早々に引き取り願えませんかね」
この街の裏組織に認められた者以外の商売人が現れれば即座に排除されるか消されるか、或いは日本人としては唯一彼らの仲間と認められた水無月の耳に入り、検挙という形の追い出しを受けることになる。
「るせーな、見りゃわかんだろ?
今飯食ってんだよ」
街路に迫り出した大衆食堂で大盛りの海南鶏飯(ハイナンチーファン)を頬張る水無月は、声をかけてきた者の顔も認めずスマホの画面に見入って言った。
「これで二週間になります。
あいつが今後も出入りするとなると、いい加減ボスの耳に入れなければなりません」
落ち着きなく肩を前に屈め揺らし、申し訳無さそうに耳に口を寄せるのは華僑の者にしては体格の良い、腕にあるタトゥーを隠しもしない三十前後の男で、しかし彼は水無月の機嫌を損ねることを恐れてか、言葉を選びながら注意を促した。
「わーった、わーった。これ食ったら行くから」
「場所はいつもの桃姑ストリートから港に向かう中央路地です。宜しく頼みます」
「、、、、」
とまあ、こんな具合である。
街の商売人は一人残らず日本人である水無月という男の存在を知っているのだが、どういう立場で何をしているのかまでははっきりと分かっていない。
表裏両面で街を牛耳る黒鱗と呼ばれる組織に一目置かれているのをせいぜい承知している程度で、
同じく裏社会の力ある者か、この街の住人にとっては『不必要な善』である日本の警察関係者ではないかと噂されるに留まる。
何れにしろ花園街の長たるボスが出入りを許し、むしろ歓迎する姿勢を示しているのであれば、自分たちもそれなりの姿勢と待遇をもって付き合わなければならないと言うのが彼ら共通の認識となっていた。
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