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───
綾野がゆっくりと獲物を咀嚼してゆく。
その間、水無月の黒い瞳は瞬きもせず李子だけを見つめ続けた。
真っ直ぐ、そして深く。
そこに怒りや失望、まして好気などは微塵もなかった。
混沌とした室内の空気とは裏腹な静寂に似た視線は、捕われた者の臓器や骨を見透かそうとでもしているかのようでもあった。
水無月からの強い眼差しが自分に何かを訴えてくるのを感じた李子は、綾野の抜き差しに揺らされながら、恐る恐る視線を合わせようと目を開く。
焦点が合わず、表情がはっきりと見えないものの、代わりに穏やかな声が返ってきた。
「声、聞かせろよ李子」
それは水無月の口から発せられたとは思えないほどの優しい声音だった。
瞬間、
まるで箍が外れたかのように李子は身悶えの甘い声を上げた。
「はぁっ、、、んっ、んっ、ぁあっ、あっ」
痛みが快感に変わるほどの強い薬剤に苛まれ、それでも嬌声を上げないことがせめてもの矜持だったのだが、水無月の一声であっさりとそれは消えてしまった。
自らを支えていた意志を失いながらも、李子は水無月に対して諦めの感情が少しもないのが不思議だった。
自分だけが醜態を晒しているのだが、暗闇から来る声を受けて何故か自嘲したい気分にすらなっていた。
考えてみれば、
─ こんなことはしょっちゅうだったじゃないか。
以前だって路地裏で事後の惨めな姿をコウさんに散々見せていたのだから。
と。
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