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李子は桃姑の裏路地に立ち、酔客の体液にまみれていた頃の自分と今を重ね、俯瞰していた。
闇からふわりと香る水無月の匂いと煙、そして何より聞き慣れた低い声に包まれたことで意識が本来の自分に戻り、ふとあることに気づく。
この部屋に来てから、水無月所有のステンレスのケースがずっとテーブルの上にあったことを。
それは春蕾を連れ、立ち去ろうとした時にも変わらず置かれたままだった。
─ 置き忘れたことなんか一度もなかったのに。
李子にふと笑いがこみ上げる。
─ 僕置いて行くつもりなんか最初からなかったんだ。
、、、そう。
貴方はいつだって僕のこと、放っておきはしなかった。
僕の全てを受け入れ、側にいてくれた ──
踏み込んで拒絶されるのは怖い。
それでも言うべきだ。
『僕だけを愛して』
『コウさんが居なければ生きては行けない』って。
が、そうと認めたところでやはり正気は長く保てなかった。
薬物は波を打って身体を唆し、挿入に伴う痛みが綾野の陰茎を悦び始めている。
うつつに戻されて、
「ぁ、、ん、、コウさんが、、好き」
そう言いながら、己の吐精欲を煽り、淫らな姿へと昇らせるのは綾野でもなく、薬でもなく水無月の視線でありたいと願った。
「ぁぁっ、コウさんっ、、コウさんっ」
李子の口から水無月を呼ぶ声が発せられると、ここぞとばかりに綾野が口の端を上げた。
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