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桃姑の娼館を出た半時間ほど後、
「ここって、、、」
李子は果子通りから細い小路を進み入った一番奥にある、小さな家屋の入り口にいた。
コンクリート造りの建築物がほぼ無い地域ではあるものの、その家は桃碼の館や老婦の店のように外壁は全て赤塗りの、ちょっとした記念館のような木造で、両開きの木戸や黒い窓枠が年代を感じさせる。
表向きからしてどこからどこまでが家の境界なのか良く分からなかったが、足を踏み入れた家の入り口近辺に近隣の玄関は見受けられず、どうやら四方の家々が背を向けた袋小路にこの家のみが出入り口を構えているようだった。
水無月が壁のスイッチに触れると、赤くて横に長い楕円形のシェードが部屋の中をぼんやりと紅に染め照らした。
肩から降ろされた李子が裸足のまま艶々した床を踏むと、若干の粘着性を感じた。
塗り立てなのだろう、黒い床には未だ塗料の匂いが残っている。
目の前に広がったのは結構な広さの清々とした一間だった。
向かって右奥に据付のベッド、その手前の壁に古い箪笥、チェストが並び、入ってすぐ手前の左には木製の格子でできた長椅子がある。
その前にはテーブル、そして左の壁には食器棚が据えられていた。
床と同じく家具はどれもこれも黒い。
李子は並ぶ水無月を見上げたが、頷きの後『奥へ行け』と目で指図されたので黙って足を進めた。
部屋の真ん中を通って通路を進むと左奥にはキッチン、反対側には浴室とトイレがあり、突き当たりは小庭が拓けていた。
街から漏れる灯りを頼りに目を凝らすと小庭の半分は石畳で、ここばかりは壁も灰色の石だった。
そして上には石畳と同じだけ幅を持った屋根が覆っている。
隅には丸みのない昔ながらの椅子が一脚と小さな丸テーブル、その横に鳥籠とそれを吊るすスタンドがあった。
とうとう黙っていられなくなった李子は水無月に問いかけようと振り返る。
するといつの間にか小庭に立つ自分に再び並び、夜の空を仰ぐ水無月が口を開いた。
「お前の家だ」
空の鳥籠まで歩いて行き、指で揺らした後、ゆっくりと李子に向かう。
「花園街を愛するお前のな」
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