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「僕の」
僅かにだが、ぽかんと口を開いたままの李子に水無月は背を向けて家の中に戻った。
土足の水無月が歩くと床はキジギシと小さく音を立てる。
「前々から別の用途で探していたんだが、運良く手頃な空き物件があった。
ここなら桃碼や老婦の店に近いだろ。
中医も言っていたが、お前はとにかく湿度の低い空間に身を置き、陽に当たる必要がある。
この街から抜けられず、彼女らを捨てきれないのであれば、せめて住環境だけでも整えろ」
「でもコウさん」
「拒むんじゃねぇぞ、これはお前の嫌いな『施し』とは主旨が違う。
あくまで俺のエゴにお前を添わせる為の手段だからな」
話し続ける水無月を追いかけ、李子も広い部屋へ戻った。
部屋は今日より前に用意されていたにしても、今夜水無月から聞いた言葉の全てを鵜呑みにするならば、『二人の関係は保護司と保護される者ではなくなった』ということだろうか。
そう思っただけで李子の胸に淡い喜びが芽生えた。
恋愛的な言葉の表現はなくとも、保護司の期限が切れる前に今後の居場所を与えられ、それが施しではないと断言されたことは、李子の心に大きな喜びと安堵をもたらした。
─ コウさんは僕を誰にもやれないと言ってくれた。
だとしたら、、、
ここは二人の家?
「嬉しいです。とても」
黒光りする柱に手を添え、改めて室内全体を見回すと、水無月との密やかで静かな暮らしが目に浮かんだ。
「荷物は早々に移動させるが、今夜より三日ほど桃碼の館への立ち入りを禁止する。
もちろんウリは永遠に認めないからな」
李子は目に嬉し涙と共に顔を振った。
ウリなどするはずもないと誓える自分が現在はいる。
水無月は『俺のエゴに添わせる』などと言うけれど、それは水無月なりの配慮なのだろうと理解もできる。
「約束します。もうしません、絶対に」
「当面必要な物と現金、それからスマホは後から木瀬に持って来させる。
その際連絡先を交換しとけよ。
今後何か不足があったら逐一あいつに言え」
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