陥ちない男〈ひと〉

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─── 水無月が去ってから二時間もしないうち、袋小路にガタガタと音が鳴り響き箱付きの荷車に荷物を積んだ木瀬(きせ) 春馬(はるま)がやってきた。 「李子さーん、いますかぁ」 「木瀬さんっ」 自分は水無月から見放されてしまったのではないかという失望で身動きする気力を失くしていた李子は、跳ねるように身を正し椅子から立ち上がった。 「すみまっせん、遅くなって。 いろいろ買い揃えてみたんですが、運ぶ手段をすっかり忘れていたものですから」 『ふうっ』と額の汗を拭い、戸口ぎりぎりまでつけた荷車のてっぺんから圧縮された薄型マットレスと枕、薄がけ布団にシーツのセットを順に降ろし入れ、 「それはそうと鍵は常に掛けといて下さいね。 念の為水無月さんと僕はスペアを持っているのですから」 壁に掛かった古風な鉄製の鍵を指差し、部屋を見回すこともなく次々と入り口に荷物を積み、その後『これはキッチン、これは浴室』と箱を移動させる。 慌てて手伝う李子は、木瀬が予め間取りを知っているかのような動きをするのを不思議に思い、一段落したところで訊いてみた。 「木瀬さん。 この家のこと、知ってたんですか?」 『この家のこと』と言ったのは、もちろん建物の存在そのものを指したのもあるが、水無月が賃貸を決めた時期、本来の目的があったのならば、それを知りたかったからだ。 「知ってるも何も」 木瀬は背負っていたリュックからフードコンテナを取り出すよう李子に伝え、自分はキッチンに行き積み置いたダンボールからケトルを出して、その中へたっぷり水を入れて火にかけると居間兼寝室へ戻って来て答えた。 「事実を言えばここは僕が借りるはずの家だったのです。 幼い頃から研究所で育った僕には家がなくってですね、刑事になると決まってからは先輩である水無月さんの家に同居させて頂いてたのです。 しかしですよ?  何が気に入らないのか夏あたりから『自分の部屋を借りろ』と。 最近になって発言に本気度が増して来たので刑事部長に相談したところ、チャイナタウンの潜伏捜査を引き継ぐことを条件に厚生課から家賃免除の許可が降りたのです」 「ではこんな素敵な、、、 隠れ家にぴったりな物件を、僕が横取りしてしまったんですね」 「あっははは、、、何を仰いますやら。 僕は李子さんが必要とあらば喜んでお譲りするのです。 チャイナタウンには秘密基地のような物件が山ほどあるのですから」
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