56人が本棚に入れています
本棚に追加
賠償と生活費、水無月への想いで頭がいっぱいだった自分を振り返り、背に汗するほど恥を感じた。
部屋に蒸し暑さが増し、木瀬は再び立って壁に組み込まれている縦型のエアコンのスイッチを入れた。
古い割にはそれほど煩くもない音をたて、直ぐに冷やかな風が滞っていた空気を掻き回し始める。
「水無月さんは見ての通りあまり表情もなく、言葉が少ない人なので気にすることはありません。
ですが、ついでなので言ってしまいますと、李子さんの幼少期からの中医にかかる費用や漢方の薬代、食費や消耗品費につきましても周囲に堅く口止めしつつ彼が負担していました。
貴方に日本国籍を取得すべく公的機関に足を運んでは喧嘩を売っ、、、
ええと、つまり話し合いを重ねてですね、一時は養子縁組を前提に裁判に訴えることまで考えたそうです。
しかし職業柄、下手に家族にして危険に晒すことも憚られ、『人に頼りたくない』という李子さんの頑なまでの思いも汲んでいたようでして」
ここで木瀬は一際声を大きくした。
「全ては貴方を想ってですよ、李子さん。
あの無情冷徹、血も涙も無い『我』の塊のような人が貴方の健康と安全、何より気持ちを第一優先に事を進めた結果が今、ここなのです」
「木瀬さん、、、」
泣きそうな顔をしている李子をよそに、木瀬は満面の笑みで応えた。
「僕は一度水無月さんに『水無月さんは李子さんの事が好きなのですか』と訊いたことがあります。
その時、水無月さんからは否定で終わる言葉尻しか聞こえて来ませんでしたが、実際は
『そんな簡単な感情ではない』と言いたかったのではないかと僕には推測できるのです。
元々あの人に好き嫌いの基準が無いと思えるのがその理由です。
言うならば、『我が命』とするか、そうでないか。
水無月さんが起こしてきた不思議な行動の数々。
その意味が僕にはようやくわかったのです。
それはすなわち世間で言うところの『愛』、正にこれなのです」
しかし李子は自身を嘲笑うつもりで薄く口を開いた。
「コウさんの前で僕は身体を売ってたんですよ、木瀬さん」
しかし木瀬は挑戦的な目をしてムフフと笑い、首を振った。
「貴方が他の男に身体を売ろうと惚れようと水無月さんには関係ありません。そんなことはへっちゃらピーなのです。
まっ、反対に自分が性欲処理や捜査の為に男娼を買うことも厭わずな男ですけどね。
貞淑でなければ愛さない、愛してくれなければ愛さないなんてケチな男ではないのです」
最初のコメントを投稿しよう!