陥ちない男〈ひと〉

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─── 同じ日の深夜、 桃碼(タァマ)の館に一つの黒い影が現れた。 週末で開店から立て込んでいた館には多くの客とその人熱(ひといき)れが満ちており、建物の一角を除いて灯りが煌々と赤い光を放っていた。 果物屋に続く裏口から館に入った影は、慣れた足取りで一階の一番奥、李子の部屋へと真っ直ぐに足を運ぶ。 灯りの下に来ると黒い影は見目好い青年に様変わりし、客にしては少々の違和感が目立つものの、廊下を行き交う娼婦らは別段気にも留めなかった。 暗い部屋の前に到着した男は、入り口にかかる布の隙間から中を覗き、するりと身を滑り込ませてベッドへ目を遣る。 そして間髪入れずに、人型の膨らみの上に飛び乗ると、布の先から出るうなじ目がけて両手を伸ばし、首を強く締めつけるとそのまま体重をかけて押し込んだ。 その際、一度だけ『うぐっ』と呻きはあったが、直ぐに『とりゃぁっっ』と声が上がり、男は蹴上げられてベッドの脇壁へ頭と背を叩きつけられた。 「、、、っく」 頭を振ってよろめく男に濁った声が降り注ぐ。 「げほっ、ごほっ、  ひっががっだな、ぎだがわゆうぎ!! ざつじん未遂のげんこーはんでタイホするぞっ」 (まく)られた上掛けから現れ、咳き込みつつ叫んだのは木瀬(きせ) 春馬(はるま)で、不意を突かれて壁に当てられたのは春蕾こと北川祐樹だった。 「何なの」 苛立たし気に頭をさすったものの、パッと点いた灯りの下で仁王立ちに踏ん張る木瀬を見上げた春蕾は、事情を飲み込んだ後、カラカラと笑った。
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